カフェコスモス

栗ご飯

カフェコスモス

「どこかで、文化祭の打ち合わせをしようよ」


―—ついに俺にもこの時が―—


金曜の帰宅途中、好きな女子の横井から送られてきたメッセージを見て、藤田健介は自分の体が高揚で熱くなるのをかんじた。ここに至るまでの経緯をお伝えするために、一学期終盤にまで遡ろう。


健介の高校では、この夏休みが終わるとすぐに文化祭がある。健介のクラスは、男女でペアを組んで研究展示をすることになっていた。その時の組み合わせは多数決によりくじで決めることになった。くじ運の悪い健介はどうしても横井と同じペアになりたかったので横井とペアになるくじを引いたものに五百円を払い、見事横山とペアになったのである。


「藤田君、よろしくね!」


と横井が言ってきた時、健介は自分の最高の夏を確信した。


そして最近、「文化祭の情報交換」という名目で連絡を取り合い始めたのである。


さて、時は戻って現在、健介は震える手でスマホ画面に文字を入力する。



「いいよ、いつにする?」


横井からの返事は、すぐにかえってきた。そのことがとても嬉しかった。


「日曜日の午後二時でどう?」


健介の口元はふにゃふにゃににふやけていた。コンマ一秒とおかず、すぐメッセージを打ち返す。


「もちろんいいよ!場所は僕が決めてもいい?」


その40.07秒後に横山から「もっちろん!d(^▽^)」という絵文字が送られてきた。


これが女子の絵文字、なんてかわいいんだ……。スクショをとり、お気に入りに登録する。


絶対にいい場所を探すぞ、健介は心に誓った。口元は温泉に入った後のゆびさきよりでろんでろんだった。




さて、次の日、土曜日の昼のことである。


健介はデート……じゃなかった、打ち合わせ場所を探しに青山まで来ていた。


なぜ青山なのかというと、答えは簡単。青山って、なんか大人っぽくておしゃれでかっこいい気がするという、短絡的な発想からである。


実際、その通りだった。どの店もすごくおしゃれで、どこのお店でも大人なカップルたちが楽しそうに時間を過ごしていた。


しかし、どの店にも重大な欠点があった。


値段がバカ高いのである。


というわけで、健介の店探しは非常に難航していた。それでも店を探し続けたのは、横井を喜ばせたい、というマグマよりあつい気持ちがあったからである。


けれども、時間は無情に過ぎていく。気が付けばもう、空が赤色のグラデーションを描きはじめていた。健介は、全ての店にあたって、その数砕けた。


やっぱりもう、近所の焼鳥屋にしようかな…と思ったときである。健介は、小さなガラス張りのカフェを見つけた。看板には「カフェコスモス」と優しいゴシック体で書かれていた。


最後にあたってみるかな……健介は期待半分、諦め半分でその店の扉を開けた。チリン、と扉につけられた鈴が鳴る。


中に入ると、犬の「ウ~ワワンッワン!」という鳴き声と、「シャーフーッフー」という鳴き声がきこえてきた。


よく見ると、大きい茶色の犬と黒い猫が白い大理石の上でけんかしていた。健介があっけにとられてみていると、店のキッチンから店員と思しき初老の男性が入ってきた。そのとたんに、犬と猫がけんかをやめ、何事もなかったかのようにゴロンと両方寝っ転がった。


「いらっしゃいませ、ご注文は何に致しますか?」


カウンター席に座った健介にメニュー表を渡しながら、穏やかかつ落ち着いた表情で男性が言う。しかし、その声は健介には届いていなかった。そのメニュー表にかかれている値段がとても安かったからである。


「ここなら明日、横井ときても良いな」


思わず健介はつぶやいた。


それを聞いた途端、穏やかで落ち着いた男性の表情が幼児のような好奇心に満ちた表情に変わった。そして、健介に顔をぐっと寄せて、男性が言う。


「なんですかなんですか、デートですか?デートなんですね?」


すごい剣幕だ。違います、と言ったら、出ていけっといられるかもしれない、と思った。というか、名前も知らない人に対していきなりそんな質問かよ。


少し引いた健介の様子を見てきづいたのか、男性が冷静さを取り戻して、


「失礼、私の名前は佐々木と言います」


と自己紹介した。しかし2秒後、またさっきと同じような剣幕で、


「で、結局なんなんですか?デートなんですか?ねえ、デ.エ.ト?」


健介は黙っていた。いったら何をされるか分からない。カフェ店内に、しばらくの沈黙が広がる。


しびれを切らした佐々木が、健介に餌を見せる。


「教えてくれたら、うち自慢のコーヒーを今日無料で飲み放題にしますよ」


「まっまあ、デートと似たようなものです」


健介がえさに食いついた。


次の瞬間、佐々木の好奇心に満ちた目が大きく見開かれる。そして嬉しそうに、


「そうと知ったら、僕も手伝わないといけないなぁ」


とはしゃいでいた。


「はい、喜んで!!」


健介が釣り上げられた瞬間だった。


「で、どんな人なんです、あなたの彼女は」


「いや、どんな人というか……」


「笑顔が素敵な人なんですよね、きっと」


「……はい、そうです」


「いつ知り合ったんですか?」


「……中学生の時に、僕が学校の廊下に落とした財布を彼女が拾ってくれたことで初めて話しました」


「わぁ、それじゃ、それからずっと好きなわけだ」


佐々木がなおも嬉しそうに続ける。


「ようやく明日行動に移すんですね!ファイト!」


何なんだこの人。コーヒーの恩も忘れてそう思うのも無理はない。あれほどきれいだったグラデーションの面影もないほどに、空はすっかり暗くなっていたのだから。



もう終わりかと思ったが、佐々木の警察の取り調べのような尋問は続いた。取り調べと違ったのは、かつ丼ではなくコーヒーであることぐらいだった。


――——

いよいよむかえた日曜日、目を見張るような快晴である。健介は横井と電車でカフェコスモスに行くことにした。会話ははずみ、気が付くとカフェコスモスの前まで来ていた。木の葉の緑がカフェのガラスに映っている。


「うわーおしゃれなところ―」


横井の笑顔はいつみても本当に輝いている。そんな横井を見ながら健介が店の扉を開けると、


「いらっしゃいませ」


と佐々木が 二人に向かって執事のようにお辞儀しながらいってきた。店内には、軽やかなジャズが流れていて、あれほどけんかしていた犬と猫は、店のはじっこの床にちょこんと座ってひとなつっこい笑みを浮かべている。


健介たち二人がカウンター席にすわると、佐々木が健介に対していった。


「あれで宜しいですね、お客様」


と穏やかな笑顔でたずねてきた。


とつぜんのことで何を言っているのかわからず、健介はとりあえず



「はっ、はい」という。


健介が混乱する中、彼がスッと店のキッチンに入っていく。


横井も聞いてくる。


「あれって何のこと?藤田君」


僕も分からないよ、というわけにはいかない気がしたので、とりあえず健介は


「いや、いつものだよ」


と言ってみる。


「へー凄い!何回もこんなところに来てるんだ」


横井が笑顔でそんなことを言ってくるので気恥ずかしくなってしまい、とっさに話題を変えた。


「そういえば、文化祭では何を展示する?」

「うーん、そうだなー。あ、人気の洋服とかどうかな」

「それって学校関係なくない?」

「確かにそうかもね」


はにかみながら横井が言った。楽しくなってきて、ちょっと冗談の一つでも言おうかと健介が口を開けたときである。


急に軽やかなジャズの音がきれた。なんだろう?と横井と顔を見合わせると、最近人気のイケメンアイドルグループたちが歌っているラブソングが唐突に流れ始めた。


~僕の気持ちに気づーいてよーきみーをーあいしてるー~




とつぜん流れてくる曲 (しかもいきなりさび)に、健介も横井も驚きを隠せない。


またしばらくして、佐々木がちょっとしたり顔で、何事もなかったかのようにコーヒーを手に戻ってくる。健介たち以外誰も客がいないはずなのに、なぜか三つコーヒーを持ってきていた。


そこからは、酷かった。横井も健介も、カウンターの中の椅子に座ってこっちを見ながらコーヒーをすする男性に気を取られてしまい、話がちっとも進まなかった。しかも横井は、しきりにくしゃみをしたり目をこすったりしている。健介たちは、お互いのコーヒーがなくなると同時に店から出た。


「あれ、お客さ―ん。お勘定〜」


佐々木の声は、横井のくしゃみにかき消されて聞こえなかった。

 

 しばらくお互い何も言わずに歩いた。行き交う人々の雑踏と横井のくしゃみの音が、耳に入っては抜けていった。


「―ほんとごめん。どっか場所変えよう」


突然健介が謝ったからか、横井は驚いたように目を開く。もうちょっと気の利いたことを言うべきだっただろうか?


横井もなにかいいたそうにしていたが、くしゃみが止まらずになかなか言えない。


「ちがうの、これ、私、犬アレルギーで」


くしゃみの間に発された言葉を聞いて、健介は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を覚える。


「ごめん、全く知らなかった」


同時に、健介は横井すきなひとのことを全く知らなかったのだと自分の至らなさを痛感した。


「言ってくれれば場所変えたのに―」

「焼き鳥屋に?どうせあそこ以外あてもなかったでしょ」


言葉に詰まる。横井の顔が厳しくなり、言葉も鋭さがました気がした。


「なんてね」


次の瞬間、横井は顔をほころばせて笑った。


「いいんだ、藤田くんが探してくれたところだったから」


そういうと横井は、まっすぐに健介を見て、


「好きです。付き合ってください」



と頭を下げた。今度の驚きは、とても大きかった。絞り出すように、健介も言う。




「僕もだよ」


健介の言葉に驚いたのか、横井も何か言おうとくちをあけていたが、声が出ていなかった。しかしやがて、笑顔になる。健介も笑い返す。


二人は、ゆっくりと手をつなぐ。暖かい空気が、祝福するように二人の顔をなでた。


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