肆拾壱)聖夜恋路
「報告いたします。カーミラ殿、未だ発見できず」
部下の一人が、小舟の元に来て言った。
それを聞き、ため息を吐く。
そんな人ではないと思っていたんだが、油断したなと彼は頭を押さえた。
「コブネ、あれはそんな女ではないよ」
「心、読めるんですか?」
「いや、そう『顔に書いてある』――というのだよな」
小舟は、苦笑いするしかなかった。
しかし、寒い。
両手をこすり合わせる。
両の手を。
そのうちに、ブラムが戻ってきていた。
「見つかりましたか」
「いや。まだだ」
「どこに行ったんでしょうね」
「久しぶりに顔を合わせたと思ったら、これだよ」
「8か月ぶりってだけじゃないですか」
ブラムは、カーミラのわがままのたびに日本に来る。
向こうからこちらへ渡るときの監視役として。
小舟は、日本国内の監視役として、また共に任務にあたる。
「ところで、その後、どうだ。手の具合は?」
「ええ。大丈夫ですよ。問題なく、動きます」
「うまく行ってるようだな」
あれからサン・ジェルマンの研究書を隅から隅まで漁り、彼らは一度金にされた小舟の手を無事に動くところまでに快復させた。
賢者の石は、「命の水」の源だ。
それは、魂に似ている。
だから、ホルストは「命の水」の力を少しだけ切り取り、小舟の腕に注入すると、元の小舟の魂と「命の水」の力とをつなぎ合わせた。そして、見事に小舟の手の自由を復活させたのであった。
小舟は、2度3度と自分の手を動かしてみる。
まるで、元の通りに動くのは、自分でも信じられなかった。
嘘のようだ。
☆
しばらくして、カーミラは両手に荷物を大量に抱えて戻ってきた。
監視役たちの全員が胸をなでおろし、ヴラド王がハグをする中、小舟はカーミラへと近づいていき、肩を掴んで怒鳴った。
「勝手な真似は、やめてください!」
「お……おう」
「あなたの行いが、あなた方の無害という証明を無に帰すかもしれないんですよ」
「ふん。知らぬわ、そんなこと」
卑しいものでも見たかのような顔だった。
な――
小舟は、二の句が継げずにいた。
「カーミラ」
ヴラド王は、彼女の手に置く。
「愛しき妻よ、もう少し心を向けてあげなさい」
「はい♡」
まるで少女のように返事をする。
だが、こちらに再び向き直った時には、元の顔に戻っていた。
「しかし、主らの態度よ……」
「なんです?」
ため息を吐かれるほどか? 小舟は思う。
「お前らにも、ちゃんと土産があるというのに」
「その金は、うちで持っているんですけど?」
「金のことではないわっ!」
彼女は通りの先を指さす。
今戻ってきた道の方だった。
「その手、それが戻ったということは……そういうことだろう?」
「ええ」
小舟もヴラドも一つの可能性に行きついていた。
命の水が、魂の代用となるかもしれないということに。
だが、大切な相手を見つけられていない。
『2人』のどちらかでも、見つかればと思っていたが。
「この先の屋台にいたぞ」
「本当ですか!?」
すぐさま向かおうとする。
あの恩人に、もしかしたらすべてを返せるかもしれない。
動かずにはいられない。
だが――
カーミラは、目の前に立ちはだかる。
「どうして?」
「もう少し、2人っきりにしてやれ」
「?」
「人の恋路の邪魔をするのは、野暮ってものだろ?」
オニごっこ~まっくろな猫は、彼女を想ふ~ 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo
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