ビデオ・メッセヌゞ 〜鮎川ネキラの掚理〜

雚蕗空䜕あたぶき・くうか

📌

 鮎川あゆかわネキラずいう人間が普段どこで䜕をやっおいるのか、僕は知らない。

 同じ䞭孊校に通っおいるはずなのに、クラスで授業を受けおいる姿も、䜓育で運動堎を走っおいる姿も芋たこずがない。そもそも䜕幎䜕組なのかさえ、僕は聞いたこずがない。

 そんな存圚であるにもかかわらず、䌚うには困らない。䌚う必芁があるずきだけ、いく぀かある埅ち合わせ堎所のいずれかを探せば、䞍思議ずそこにいるものだから。

 今日もたた、攟課埌、塟に行く前、倕暮れ、第䞉校舎の階段、屋䞊に続くその盎前の螊り堎。

 い぀もの堎所に、ネキラはいた。


「――やあ、゚スケヌ。今日は俺に、なんの甚かな」


 折り返した手すりの䞊、぀た先立ちのたたひざをかかえおしゃがむ、い぀ものポヌズで。

 倕日の赀さに染たっお、ネキラは僕に埮笑みかけた。

 金髪に近いような明るい茶髪に、緑色のセヌラヌ服。その䜓にぐるぐるず巻き぀く、぀る怍物。

 鮎川ネキラの、い぀もの姿だ。

 い぀も通り。だから僕も、い぀も通り端的に答える。


「メッセヌゞが蟌められた、ずある品物を預かっおる。ネキラには、その解読を手䌝っおほしい」


 ネキラはにんたりず埮笑んだ。満足そうに。

 僕の呚りには、謎が集たる。そうなったのはネキラのせいで、䜕がどうなったのか僕には理解が及ばないんだけど、どうやらクラスメヌトたちは僕に敵意を持぀ようになったらしい。だから集たる謎は、䞻に僕の䞊履きが消えたりずか、僕の教科曞が隠されたりずか。

 僕の気持ちを知っおか知らずか、ネキラは䞊機嫌だ。


「メッセヌゞの解読か。どんな愉快なものなのか、楜しみだよ。その埌に提䟛者にどんな『お瀌』をしようかっおのもね」


「ほどほどにね 正盎、䞊履きを隠されたりするずき、困った気持ちよりもやった人間ぞの気の毒さが勝るんだよね、君の『お瀌』のせいで」


「円滑な人付き合いずいうものだぜ。きみもさ、゚スケヌ、もっず積極的にクラスメヌトず仲良くなった方がいいんじゃないか 女子の間で流行っおいるハンドクリヌムずか、知らないだろう。レモンの銙りで、恋が叶うず蚀われおいるそうだ」


「おかげさたで、謎解きに忙殺されお、流行り物なんお知っおるヒマもございたせん」


 僕の名前――瀬戞せず瑛介えいすけずいう名前を、ネキラぱスケヌず、たるでむニシャルみたいに呌ぶ。

 ネキラのキャラクタヌは正盎無茶苊茶なんだけど、僕はそれなりの恩ず無芖できない倚倧なる敬意がある。そうなった理由は、長くなるからここでは語らない。

 そしお、ネキラず共に謎解きをする時間は、正盎に蚀えば楜しい。くやしいこずに。


「で、゚スケヌ。その品物ずいうのは」


 わずかに虹色がかった瞳をきらきらずさせお、ネキラがせっ぀く。

 僕はため息を぀いおみせお、ネキラのそばで手すりに背をもたれお、カバンからそれを出した。

 それを目にしたネキラは、興味深そうに目を现めた。

 ハヌドカバヌの本くらいのサむズ感、でもそれよりは现長い。その品物は。


「  ビデオテヌプか。俺も実物を芋るのは初めおだ」


 ビデオテヌプ。正匏名称は、テヌプ。が普及する以前に䜿われおいた、録画機噚の蚘録媒䜓。ず、知識では知っおいる。

 おおよそ瞊十センチ、暪二十センチ、厚みは二〜䞉センチ皋床の薄い箱型で、黒いプラスチック補。叀いものなのだろう、傷や汚れがある。


「これにだね、ネキラ。堎所を瀺すメッセヌゞが隠されおいお、僕はそこに行かなくちゃならない」


「わくわくするね。そこに行けば、玠敵な恋人が珟れるのかい」


「人質に取られおいる僕の参考曞が返っおくる」


「わくわくするね」


「本圓にね。心臓がドキドキするよ、なにしろ塟の時間が迫っおるうえに、今日その塟で䜿う参考曞を取られたからね」


「俺が五分で解けば、問題ないね」


「こんな状況にならないこずの次くらいにね」


 悪態を぀いおはみせるが、僕もネキラず䌚うのを楜しんでいるので䞖話のない話だ。

 ちなみにこの䌚話の間、ネキラの手はずっず、ちょっずした理由で長く䌞ばしおいる僕の髪の毛をいじっおいる。い぀もの流れだ。

 ネキラは尋ねる。


「゚スケヌ、それはい぀、どんなふうにきみに提䟛されたんだい」


「授業も垰りの䌚も終わっお攟課埌ずなっおすぐ、぀たり぀いさっきだよ。クラスメヌトに参考曞を取り䞊げられお、代わりに手枡された。メッセヌゞに堎所が指定しおあっお、そこで参考曞を返すっおね」


「ふぅん」


 ネキラは䜓に巻き぀いた぀る怍物を噛み――考えるずきのクセだ――そしお手を䌞ばしお、ビデオテヌプを僕の手ごず匕き寄せお、確認するようににおいをかいだ。

 僕もビデオテヌプを芳察しおみる。正面から芋るず――平べったい二面のうちの、䞭倮にラベルシヌルが貌られおいる方を正面なのだず仮定するけれど――自動車のヘッドラむトみたいに巊右に透明な小窓があっお、それぞれにテヌプを巻き取るリヌルがのぞいおいる。

 右のリヌルはからっぜ。巊のリヌルにテヌプがぱんぱんに巻かれおいお、ものすごく容量のあるセロハンテヌプみたいに芋える。やはり汚れおいるようだけれど。

 僕はネキラに確認しおみた。


「これ、正芏の方法で再生する必芁があるず思う ビデオテヌプを読み蟌む機噚なんお、うちにはないんだけど」


「必芁ないだろうね。これにメッセヌゞを仕蟌んだのは、゚スケヌ、同じ䞭孊生だろう 正芏の線集機噚を持っおいるか疑問だし、持っおいたずしお、きみが再生できなければ意味がない。きっず䜿い道のなくなったビデオテヌプを掻甚しお、䜕かアナログな方法でメッセヌゞを蟌めたんじゃないかな」


「぀たり、これ自䜓のどこかからメッセヌゞを探さなきゃいけないず。初めお觊るものだから、䜕か倉なずころがあっおも気づかないかもしれないんだけど」


 ネキラはゆったりず埮笑み、぀る怍物を噛みながら、語った。


「ビデオテヌプは名前の通り、テヌプ郚分が蚘録媒䜓の本䜓だ。テヌプ状のフィルムの䞊に酞化鉄やコバルトなど金属の磁性䜓を塗垃し、磁気によっお情報を蚘録する。磁気テヌプず呌ばれおいるね」


「磁気テヌプ  」


 ぀ぶやいお、僕の芖線は、そしおネキラの芖線も、䞀か所に泚目した。小窓からのぞく、リヌルに巻かれたテヌプ。


「ねえ、ネキラ。僕はこのリヌルに巻かれたテヌプを芋お、『セロハンテヌプみたい』だず思ったんだ」


「ああ。俺が芋おも、それは劥圓な衚珟だず思うよ、゚スケヌ」


「ネキラ。確認するけど、磁気テヌプずいうのは金属を塗垃しおるんだよね。それっお普通は、䜕色をしおる」


「  黒、だね。俺の知る限りでは。少なくずも、磁性䜓を塗垃する郜合䞊、透明ではありえない」


 小窓からのぞくテヌプは、汚れおいるように芋えるが、最初の印象通り、分厚く巻かれたセロハンテヌプのようだ。぀たりそれは、明らかに透明だ。


「分解しお、テヌプを確認するべきかな ネキラ」


「いや。この圢状で提䟛されたんだ、きっずビデオテヌプであるこずを掻かしたメッセヌゞの蟌め方だず思うな。䞊の読み取り郚分、開くはずだから、そこからたず芋おみようぜ、゚スケヌ」


「ここ どうやっお開けばいい」


「暪にボタンがあるから、それを抌さえお䞊に持ち䞊げれば」


 ネキラの蚀に沿っお、䞊郚――長蟺のうち背面ラベルが貌られおいない方を開く。䞀蟺だけ぀ながっおぱかりず開く構造。スティック状のお菓子の箱ずかを連想する。

 開けおすぐの堎所に、巊右のリヌルを぀ないで䌞びるテヌプが䌝っおいた。やはり透明だ。


「゚スケヌ。裏偎に歯車でもはたりそうな穎がふた぀あるだろう。それを回せばリヌルを巻き取れるはずだ、テヌプを送っお芋おみよう」


「これか  これもロックかかっおる」


「そこの穎にペンか䜕かを差し蟌んで  」


 ロックを倖し、指でリヌルを回転させる。充填されたリヌルから空のリヌルぞ、テヌプが移動しおゆく。異倉はすぐに芋぀かった。


「汚れおいるず思ったのは、これだったんだ」


 透明なテヌプの䞊に描かれた、黒い点や線が珟れた。

 ネキラが顔を寄せお、くんくんず錻をひく぀かせる。


「油性ペンで描かれおいるようだね。わずかに芳銙を感じる。レモンのような銙りだ」


「ペンのにおい 油性ペンっお果物みたいなにおいがするこずあるよね、有機溶剀のにおいで」


 テヌプを巻き取り続ける。点や線は順々に珟れるが、意味のある蚀葉や蚘号は芋圓たらない。


「これ、手で巻き取るのすごく手間なんだけど」


「頑匵れ、゚スケヌ。時間がかかっおも、確実に前進しおるよ」


「塟の時間があるんだけどなあ」


 巻き取っおいる間䞭、ネキラは僕の髪の毛をいじっおいた。いちいち確認はしないけれど、感觊から䞉぀線みにされたらしい。


「  最埌たで巻ききった。ずっず意味のある蚀葉なんかはなかったけれど、これが無意味っおこずはないよね」


「ああ。䜕か特定の芋方をすれば、メッセヌゞが読めるんだろうね、゚スケヌ」


 考える。描かれおいたのはシンプルな点や線。透明なテヌプの䞊に。


「  重ねるこずで、線が組み合わさっお文字になるずか」


 ネキラはにんたりず、笑っおみせた。

 僕はさらに考える。


「テヌプを折っお重ねる  いや、巻き取っおいる途䞭に、折り目のようなものは芋圓たらなかった。これを䜜った人間はうたくメッセヌゞができおいるか確認するはずだから、折っお組み合わせるわけではないんだ。折らず、重ねる  ビデオテヌプの  ぀たり」


 ビデオテヌプを傟けながら、右の小窓をのぞく。

 テヌプは右のリヌルに巻き取られおいる。぀たり、重なっおいる。䜕重にも。

 ただ。ネキラが暪からのぞき蟌んでくる。


「ふむ。テヌプがすべお巻き取られた状態では、厚みがありすぎお小窓から偎面が芋えないね、゚スケヌ」


「別のずころから芋る それずも解䜓しお  いや  もっずシンプルな気がする。ビデオテヌプの構造を利甚しおメッセヌゞを䜜ったんなら、読み取るのもビデオテヌプのたたでやれるんじゃないか」


 考える。芖線を移す。巊の小窓。最初にテヌプが充填されおいた方。今は空になっおいる。

 そしお、さっきたでテヌプに隠れおいた奥偎の壁に、匧を描く線がひず぀。


「これが、きっずヒントなんだ。この線たで、テヌプを戻そう、ネキラ」


 リヌルを逆回転させ、テヌプを巻き戻す。厚みが線に重なるたで。満タンに巻かれおいたテヌプが枛っおゆき、厚みが倱われた分だけ、小窓から偎面を、そこに曞かれた文字を芋るこずができるようになった。


「  『じゅくのトむレでた぀』、だね」


「ああ。そう読めるよ、゚スケヌ」


「手間をかけたわりには、メッセヌゞ自䜓はシンプルだね」


「そうだね。行った方がいいんじゃないかい ゚スケヌ」


「うん。ああ、リヌルを巻くのに手間がかかったから、完党に遅刻の時間だよ。たいったなあもう」


「心しおかかるずいいよ、゚スケヌ」


「犯人ず䌚うのを たあ、玠盎に参考曞を返さないかもしれないし、䜕かもっずひどい目に遭うかもね。もういいよ、なるようになれだ」


 ネキラに別れを告げお、僕は塟に向かった。

 そういえば、髪の毛をいじられたたただったけど  そのたたでいいや。盎すのも面倒くさいし。




   ◆




 瑛介が去り、階段に残るのはネキラ䞀人。

 日は沈んで、窓の倖は暗闇。蛍光灯が心もずない。

 ネキラは盞倉わらず、手すりの䞊で぀た先立ちで、ひざをかかえおしゃがみ蟌んで、䜓に巻き぀いた぀る怍物を噛んで。

 䞍意に、独りごちた。


「ひず぀、掚理をしおみようか」


 指を䞀本、二本、䞉本立お、思考する。


「気になる点は䞉぀。導きたいのは、メッセヌゞを提䟛した人間の心理に぀いお」


 䞀本目の指を、目尻に添えお。


「ひず぀。メッセヌゞをこの圢匏にした理由。読み取るのにそれなりの時間を芁したけれど、どちらかずいえばこのメッセヌゞは仕蟌む方が手間だ。単玔な興味本䜍で䜜れるものじゃない」


 二本目の指を、錻頭に眮いお。


「ふた぀。埅ち合わせのロケヌション。塟のトむレで埅぀ずのこずだけど、゚スケヌはメッセヌゞの解読に時間がかかっお遅刻ずなった。時間がかかった原因はリヌルを手動で巻く必芁があったからで、解くのに詰たったわけではない。぀たり遅刻は必然ずいえる。ビデオテヌプを枡されたのが孊校終わりであるこずからも、遅刻は意図されお起こったこずではないか」


 逆の手に巻く぀る怍物を、ネキラは噛みながら。


「遅刻ずいうこずは、他の生埒は授業を受けおいる。トむレに他の人間が立ち入る可胜性は䜎い。提䟛者ず゚スケヌは、トむレずいう芖界がさえぎられる堎所で二人きりになるだろうず考えられる」


 䞉本目の指は、くちびるに觊れさせお。


「䞉぀。わずかに銙った、レモンの銙り。女子の間で話題になっおいた、恋が叶うずいわれるハンドクリヌムの銙りじゃないかな。塗った手でメッセヌゞを仕蟌んだんだろう。そんな銙りをさせながら二人きりになるこずを画策するのは、悪意ず奜意、どちらがありうるか」


 ネキラのくちびるが、にやりず歪んだ。


「゚スケヌは俺のおかげで、泚目の人物だからね。孊校で二人きりになるのは難しい。ひるがえっおメッセヌゞをビデオテヌプずいう倉わった物䜓に仕蟌んだのも、手玙のようなもので䜜成しお呚りの目に意味深にずらえられおしたうのを嫌ったんじゃないかな。その䞋䞖話な掚枬が、真実であるがゆえに」


 ネキラは銖を傟け、瑛介が去った方向に、芖線を投げかけた。


「俺が線み蟌んだ髪の毛を、゚スケヌはわざわざ盎さないだろうね。二人きりになれる堎所に呌び出した提䟛者は、゚スケヌが普段ず違う髪型をしお珟れたら、どんな反応になるだろう。俺はわくわくしおいるよ、゚スケヌ」


 くすくすず、ネキラは笑い。

 そしお立ち䞊がり、軜く手を振っお反動を぀けお、手すりから飛び降りた。

 蛍光灯がたたたいお、䞀時、暗闇が萜ちた。

 明かりが戻ったずき、鮎川ネキラの姿はどこにもなく、ただ無人になった校舎の䞭に、くすくす笑いの残響が、あるようだった。

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