氷の世界
春雷
氷の世界
いしやあきいもお、おいも。おいしいおいしい、いしやあきいもお。
外では石焼き芋の宣伝。
「なあ、近頃じゃあ何もかもが自動化だ。人工知能ってやつに仕事は全て奪われてしまうんじゃないか」
「そんなことはない。なぜって、人工知能は二進法の信号で思考をしている。つまり、理系なのさ。数字には強いが、文章を書いたり、音楽を作ったり、とにかく芸術的な方面には滅法弱い」
「そういうものかねえ。いやでも、ビートルズの新曲を人工知能が作ったって聞いたぞ」
「それは人工知能にビートルズの歌を深層学習させて、それっぽい歌を作っただけさ。ある意味で言えば寄せ集め。音楽において重要な主張というものがそこにはない。空っぽ、と言っても過言じゃない」
「うーん」
「君たちがまず考えるべきは、自らの保身じゃない。この先、人工知能をどう活用するか、だ。『2001年宇宙の旅』の見過ぎだよ。キューブリックの功罪だね。あるいはターミネーター」
「結局は人間が主体だってこと?」
「そうさ」
いしやあきいもお、おいも。おいしいおいしい、いしやあきいもお。
「サブリミナル効果、って知ってる?」
「聞いたことはある」
「とある映画館で複数回、上映中に、観客が認識できないような一瞬、コーラとポップコーンの画像を挟んだ。すると、上映後にコーラとポップコーンの売り上げが上がった」
「なんだか都市伝説のようだ」
「あるいはな」
石焼き芋ー。お芋。
「太宰治は傑作を書きたかったのだろうねえ。彼は芥川的な芸術至上主義に憧れていたのだろうか。でも僕は彼の怪作よりも、『富嶽百景』や『津軽』のような比較的ライトな作風の方が好みなんだがね」
「文学の講釈ならやめてくれ。頭が痛くなる」
「ならポイポイカプセルの話をする?」
「俺は四次元ポケット派だ」
氷の世界の話をしよう。氷の世界とは、文字通り、氷で覆われた世界のことだ。南極をイメージしてもらえるとより正確な像が描ける。
その世界は、とても美しい。ウユニ塩湖よりもっと美しい。一面氷で、真っ白だ。汚れひとつない、清潔な世界。人の心の煤けた部分を全て洗ってくれるような。そんな、幻想的な世界。
「あるいは考え方を変えてもいいのかもしれない。コロンブスの卵ってやつ」
「コロンブスはアメリカのことをインドだと認識していたんだっけ?」
「さあ。昔のことはわからない」
「じゃあ未来は?」
「答えるまでもない」
その世界の住人は自由気ままだ。氷の世界だけど、バカンスを楽しんでる。ハワイとか、沖縄とか、そういった南の島のリゾートのようだ。
「落語こそが最高の芸術だということに異論はない。だがその次に優れた芸術が小説かどうかは疑わしいものだ」
「どうして」
「さあ。感覚でそう思うだけさ。でも結局、小説は紛い物だという気がするよ」
「しかし小説が真実を映し出すこともあるさ」
「なるほどね。あ、石焼き芋食べるかい?」
「ああ」
「ところで、『ねじ式』の作者って、誰だっけ」
「手塚治虫」
「その論で言えば、『鳥獣戯画』でも成り立つよ」
「世の中嘘を繰り返せば本当になるさ」
「狼少年の例のように?」
「そうだな」
冬の寒さは人を狂わせる。家の中でじっと耐える。彼らの精神力は日に日に削り取られていく。生命と同じだ。何気ないことに少しずつ殺されていく。
いしやーき芋。お芋。
「ひとつください」
「はいよ」
「ところで、ずっと僕の家の前に車をとめるのですか」
「駄目かい?」
「いえ。ただ」
「ただ?」
「何でもありません」
「そうか」
「夢は好きですか」
「夢?」
「毎夜見るあれです」
「ハア。好きでも嫌いでもないねえ」
「人は夢を見るでしょう。それってちょうど、僕らが今いる世界のようじゃないですか」
「ええっと」
「氷の世界。白の世界を黒い文字で汚すんです」
「ハア」
「わからないなら結構。意味不明との評はいつものことですから」
「そう」
にゃあ、と猫が鳴く。僕はそいつを抱き上げる。丸い月が空にあって、僕らを見守っている。
僕は「イエスタデイ」を歌う。そしてダリを眺める。
全身が溶け出す心地。今日は久しぶりに早起きしよう。
氷の世界 春雷 @syunrai3333
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