絆屋さん

結騎 了

#365日ショートショート 149

「絶対に壊れない絆が手に入るって本当ですか」

 裏路地にある雑居ビルの一室。結婚を誓い合った正男と義子は、フードを被った男とテーブルを囲んでいた。

『絆屋さん』。

 それはインターネットで密かに広がりつつある噂で、文字通り、絶対的な絆を結んでくれるのだという。パワースポットか、宗教か、はたまたスピリチュアルか。好奇心もあいまって、正男は婚約者である義子を連れて『絆屋さん』を訪れたのだった。

「まず、根本が違います。いいですか、絶対に壊れない絆など存在しないのです」

 フードの男が答えると、義子がため息をついた。

「なんだ、話が違うじゃないの」

「最後まで聞けって」

 正男は真剣だった。

 どこか真に迫ったその声が、フードの奥から聞こえてくる。「人は皆、根は悪です。利己的な生き物なのです。必要とあらば他者を裏切り、私腹を肥やすに決まっています。本質的に絆というものはまやかしなのです。心が弱いものが縋り合う、どこぞの宗教と変わりはありません」

「でも、ここは……」。正男は思わず前のめりになった。「ここは、その絆を強く結んでくれると、そう聞きました。僕たち結婚するんです。一生添い遂げたいんです。だから、できるだけ堅い絆を結びたくって。いや、分かっています。所詮おまじないみたいなものだって。でも、そういう体験をふたりで一緒にやることが大切、でしょう」

「さよう。客人よ、中々に鋭い」

 ぱちん、とフードの男は指を鳴らした。暗がりの向こうで、スタッフらしき面々が奥の部屋に入っていく。なにかの準備だろうか。

「つまり? ふたりでなにか儀式のようなものを受けるってことかしら」

「そうです。よろしいですか、絆とはつまり、運命を共にすると誓い合うことです。人の本質が裏切り者なら、裏切れない理由を互いに持ち合えばいい。それは、同じ体験を共に過ごすことで育まれます」

 頷く正男。「なるほど。ええと、それは。例えばふたりで特別な誓約書を作って交わし合うとか、そんなことでしょうか」

「まあ、そうとも言えるでしょう」

 テーブルの上に、一枚の紙が差し出される。

「こちらからプランをお選びください。おすすめはプレミアムコースです」

「なによこれ」。義子は思わず小声になった。「とっても高いじゃない。それも、具体的な説明が載ってない。ねぇ、やっぱり怪しいんじゃないの、ここ」

「いいよ、ここは俺が出すから。いいじゃないか、いずれ子供ができたら、こんなことにお金はつかえないんだから」

 どこからか、微かに。大きな物を運ぶ音が聞こえる。荷車のような。

「このプレミアムコースでお願いします。せっかくなので」

「かしこまりました。ありがとうございます。この後、辞退は許されませんので、ご了承を」

 部屋の鍵が閉まる音がした。

 音もなく立ち上がったフードの男は、壁際の棚を開け、それらを取り出した。包丁、ノコギリ、ナイフ、およそ思いつく限りの刃物の類。ごとり、ごとりと、いくつかを正男と義子の前に並べていく。

「えっと、これは……」

 荷車が近づいてきた。スタッフに引かれた荷台には、男がいた。大の字で、四肢を縛られている。猿ぐつわを強く噛み締めるように、うんうんと唸っている。その悲鳴には濁点がついていた。

 フードの男が淡々と言葉を紡ぐ。

「山田青児。栃木県出身、26歳。14歳で人を殺め、少年院に入る。その後、暴力団に所属し、数々の犯罪行為に手を染める。組織に見捨てられ、誰かが処分を引き受けなければならなくなり、流れ着いたのがこの『絆屋さん』だ。さて、それでは始めよう」

「やだ」。義子は全身を震わせていた。これから起こることを察したのか、ゆっくりと後退りしている。正男も同様に、あり得ない事態に身動きが取れなくなっていた。

 両手を広げたフードの男は、今日一番、声を張り上げた。

「人と人を結ぶ、強力な絆。それは、共に秘密を抱え、同じ罪を背負うことです。さあどうぞ、どれを使っていただいても構いません。まずは右腕から順に、最後は左足としましょう。なあに、決定打は要りません。四本やって、血が噴き出ますから、あとは放っておけばいいのです。大切なのは、ふたりで一緒にやること。まるでケーキ入刀のようにね」

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