―第三幕―

(1)

 タケルは、考える前に、妻の言葉を聞く前に、行動した。

 彼は、スライムに包まれた息子を前に躊躇ちゅうちょするようでは、父親失格だと考えるような男だった。


「シェフェリ・シェ! シェフェリ・シャ!」


 叫びながら、タケルは、トムの傍らにいる大柄なフトゴース人に猛然と突撃した。

 しかし、その大柄なフトゴース人は、すみれ色の身体を器用にねじってタケルのタックルをいなした。勢いあまって転びかけたタケルは、フトゴース人に手首を掴まれ、力強く引き起こされた。

(こいつ、武術の心得もあるのか。だが、俺だって柔道ができる。やってやるぞ!)


「シェフェリ・シェ!」

 メーリから教わったまじないで気勢を高めながら、タケルは、大柄なフトゴース人の奥襟おくえりつかみかかろうとした。だが、彼は、フトゴース人が地球風の衣類を身に着けていないことを失念していた。彼の手は、無い襟を掴もうとして無様に宙を滑った。


(だが、まだだ!)


「シェフェリ・シャ!!」

 タケルは、素早く方針を変えた。彼は、腰を折って体を低くし、フトゴース人の懐に入り込んでその腰らしきくびれに手を回した。タケルが得意とする柔道技、ツバルで酔客からアイラナを守った大腰おおごしの流れだ。



 大柄なフトゴース人は、地球人ではありえない柔らかな身のこなしでタケルの大腰をいなした。そして、フトゴース人は、まじないとともにトムの名前を口に出し、タケルをますます激高させた。

「トム、パショヤ? トム、シャパシュヤ。パシャ、シェフェリ・シャ!」

 タケルは、まじないを叫びながら、必殺の大腰をさらに放った。

 しかし、タケルの柔道は、道着も衣服も身に着けず、地球人のような骨格も持たないフトゴース人に対して明らかに分が悪かった。タケルの大腰は、スライム状の身体の下を滑ってしまい、またしても効果を上げなかった。


(だが、まだいける。厳しい反撃はない。メーリのまじないが効いている。)


「俺はタケル。トムの父親だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る