(3)

 タケルがアイラナとの交際を始める前のツバルで、河内弁の酔っ払いがウェイトレスの頬を叩いたことがあった。

 そのウェイトレスは、酔っ払いにツバを吐きながらその股間を蹴り上げた。ウェイトが倍はありそうな大人に対してお手本のような前蹴りアプチャ・プシギを迷うことなく放ったその姿は、まだ駆け出しの記者だったタケルを魅了した。それでタケルは、彼女の頭を背後からジョッキで殴りつけようとしていた酔っ払いの仲間を、道場仕込みの大腰おおごしで投げ飛ばし、大乱闘の引き金を引いたのだ。


 タケルが始めた乱闘が大騒ぎになりすぎた上に、止めに入ったマスターまでタケルがうっかり投げ飛ばしてしまったため、タケルと少女は、仲良く留置所に放り込まれた。幸い、乱闘騒ぎの野次馬となった常連たちの中にいた議員が二人に好意的な証言をしてくれたため、二人は、酔っ払いたちより先に汚物臭い部屋から出ることができた。

 それでタケルは、マスターにお詫びの品を持って行った後に、大乱闘の相棒、アイラナとの交際を始めたのだ。


 そのときより背が伸びたアイラナは、変わらぬ頼もしさで、タケルの前をずんずんと歩いていた。彼女が歩くごとに、その非常灯が照らす先は、タケルが知らない通りから知らない通りへと移っていった。タケルは、今いる場所も行き先も知らなかったので、アイラナに尋ねた。


「どこへ?」

「この先に、交番があったはずなの。あなたも、二つの月に挟まれた星をあしらった盾のマークを探して」


 アイラナは、現地の警察を頼るつもりのようだ。確かに、そうするのがよさそうだった。しかし、息子の行き先探しでフトゴース人の手を借りなければならないことがタケルを苛立たせた。

 それでもタケルは、嗅覚に優れた記者であり、探すべきものがあるときに、それを探さないことができない人間だった。

 彼は、非常灯が月のしっぽを一瞬照らしたことを見落とさなかった。タケルが示した場所を照らしたアイラナは、彼女が求めていた交番を見つけた。幸い、交番には警官がいて、アイラナの質問に答えてくれた。


「色が薄い女の子が、小さな地球人を抱えて走っていったんだって。きっと、パシュシュシェちゃんね」

「君が一緒でよかった。行こう」

「ええ、行きましょう。大丈夫よ」

「そうあってほしい」


 それは、タケルの偽らざる本心であった。彼は、記者であるより前に、トムの父親だった。

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