(2)

「メーリさん、こんばんは。いえ、大した用事ではないんです。うちのトムが、そちらにお邪魔していないか、伺いたいと思いまして」


 息子のことが心配だったので、タケルは、なるだけ平静を装おうとした。彼は、仕事で見せているいつもの愛想笑いと制御された声色が、メーリにも通じることを祈った。幸い、メーリは、通話相手の様子について、タケルと同様に、何もコメントしなかった。


「トムくんなら、来てないわよ。あの子は、パシュシュシェちゃんのお気に入りだから、シュシュパシュおじさんの家じゃないの? 私が聞いてあげようか?」

「助かります。お願いできますでしょうか」

「オーケー。じゃあ、終わったらこちらからかけ直すから待ってて」


 メーリとの通話が終わり、タケルは、額の汗を拭いた。いつもより端末のぬめりが気になったタケルは、アルコールをしみこませた不織布で手を拭き清めた。


 しかし、大事な息子についての情報が、フトゴース人のシュシュパシュ頼みであることが、タケルを落ち着かなくさせていた。タケルは、苦みが強めのコーヒーを淹れながら、ビスケットをかじり、床を汚した。

 どこからともなく出てきたスライム状の清掃器が床に落ちたビスケット屑をまたたく間に片付けたことが、メーリからの折り返しの連絡を待つタケルを一層不安にさせた。


 コーヒーを一口すすったタケルは、ふと、息子に持たせた端末に位置情報機能がついていることを思いだした。タケルは、ぬめぬめした端末をもう一度手に取り、息子の位置情報にアクセス可能であるかを端末に問い合わせた。


『対象の、保護者、からの、要請を、確認。アクセス、可能であるか、条件を、確認、します』


 泡立つような音でところどころ途切れるものの流暢な日本語で答える端末に、タケルは、少し安堵した。フトゴース人との会話やメーリら他の地球人との会話が英語か中国語か現地語でないと通じないため、タケルは、現地語の勉強を続けつつ、家ではなるだけ英語を使うようにしていた。しかし、それでも、故郷の言葉は、タケルの心を少し柔らかくした。


『確認、完了。対象者は、適切な、待遇を、必要と、しています、ので、保護者、に、位置情報を、通知、いたします。蝕、のため、対象者端末、からの、通知が、不達、であったこと、を、お詫び、申し上げます』


 タケルは、動揺した。適切な待遇とはなんだ? 息子が何かひどい目に遭っているのか? 蝕のための不達とは、なんだ?


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