ぬるま湯
ディスコードというのは、音声ツールアプリだ。スマホ、パソコンからどちらでも利用ができる。
そして集った同志で、通話する。
コミュニティ内容は様々で、趣味のもの、勉強関連、ゲーム、雑談、恋愛…などなど。
自分が入っているのは、目下、『メンタルコミュニティ』だ。
振りかえれば、鬱病を診断されてから早くも10数年経った。原因はよくわからない。本当はわかっていて認めたくないのか…それとも持ち前の気質だったのかもしれない。どちらにせよ生まれ持ってのしょうがない性格というのか、そんなようなものだ。生きるのが下手くそなんだと思う。
鬱病によると思われる言いしれぬ不安や恐怖や、時に希死念慮、自殺企図…。
今でも理解できていないがとにかく死んではいけないらしい。自分でも死んではいけないような気がするようにはなった。だが死なないようにひとりで耐えて時間が過ぎるのをひたすら待つ苦悶に、また死にたくなる日々だった。
死にたい気持ちを紛らわすようにネット通話の海をうだうだと徘徊していた。いろんな音声ツールのなかにディスコードがあった。たまたま見つけたそのツールを自分はよく利用している。
通話ではビデオはつけない。音声のみだ。
音声ツールというのは良かった。自分の容姿や経済状況、学歴、部屋のどこでどんな格好で通話してるかもとにかく適当でよかった。
言いたいことは言って、言いたくないことには口をつぐんで、時に自分を大きく見せるための嘘もその場限りの気安さからついて。
おそらく他のみんなもそうなのだろう。
自分の仕事上の専門分野の話題が出た時の話だ。鼻高々にこれはこうでこうなんだ、だからこうなる、と披露してみせる同席している他の通話者がいた。これ見よがしに理論を展開してみせてくれているが、てんで脈絡はバラバラで、この人本当は門外漢なんだなぁと思わせられるものだった。別の通話者たちからは知らなかった知識を教えてもらった、わかりやすい説明だ、なになにさんは本当になんでも知っているなどのいくつもの賞賛の声があがる。
そのなになにさんは、仕事に就いておらずおそらく大学も出ていないようであり、家にいて独学もしているわけではないと思われる、定刻になれば老いた母親が夕飯時だと声をかけに来る人だ。
この話題を仕事にしている自分からすると、その人はただただ想像でそれのような理論を断定的に言っているだけだった。
誰も傷つかず、優しいこの通話の場に、自分が水を差すつもりはまったく起きない。そっと自分も「すごいです」と笑ってみせる。
ウソかホントかなんてここではどうでもいいことなのだ。
聞かれて嫌なことを、ズケズケと踏み込んで根掘り葉掘りしようとする人がいれば、すぐにその音声の場からログアウトすればいい。気持ちがしんどくなればミュートにしたり寝落ちしたり。
次に会うことはないことも多く、また会ったとしても何食わぬ雰囲気で会話できた。
それもこれも実際に目の前で顔を付き合わせていないことや、明日明後日も数年先も続く関係性ではないことのおかげで、ネットの音声通話というものは自分にはとてもやりやすかった。
ディスコード 武田 柚子 @0119miho
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