EVEの独り言

 辞任だなんてとんでもない。もともとアダムの性悪で金に汚い性分は気に入っていた。欲しいものがはっきりしている分、ある意味正直者だ。


 俺、エリック・V・エドワーズは、悪名高きヴァレンティノ一家の一人息子だが、今は母方の苗字を名乗って平和な学校生活を送っていた。

 護衛と称して可愛らしいトイプードルじみた少年アダム(多分任務用の偽名)がやってきた時はどうなることかと思ったが、見た目を裏切る凶暴さとずる賢さにすぐに考えを改めた。


 俺たちは自分たちの容姿を重々承知していて、平和ボケした同級生たちが『二人が並んでいると一枚の絵画のようだ』とか『天使が舞い降りた』などと言っているのを聞いて陰で笑い転げていた。

 俺の名前の頭文字を取って『アダムとEVE』などと言う腐女子界隈の女生徒たちもいるらしい。放置しているのは(実害もないし)無事に学校生活を終えるのが目的だからだ。


「なあ、ザムザよ」

「アダム」

「どうせそれも偽名だろ」


 夏の間に育ち切ってしまったアダムの肋骨辺りを叩きながら呼びかけると、彼は無表情に訂正した。見下ろしていた顔が今や遥か彼方だ。

 キューピッドが大天使ミカエルになってしまったくらいの変貌ぶりに笑いが止まらない。


「クラスの奴らの顔見た?面白かったなあ」

「別に………」


 元々口数の少ない奴だが、大男になったアダムは更に寡黙になった。ソプラノが急にバリトンに変わってしまったのを気にしているらしい。ニヤニヤしながら見上げる俺から、つと目をそらし口を拳で押さえた彼の肩が微かに震えている。どうやら笑っているようだ。


 夏休み明け、『病気療養』という名の再訓練から帰還した彼を見た時のクラスメイトの反応が凄まじかった。最初は誰か分からずポカンとしていた彼らだが、俺が普通に「アダム」と呼びかけると、男子生徒からは絶望の、女生徒からは黄色い悲鳴が漏れた。


「お前も笑ってるじゃん」

「いや、予想通りと言うか…」

「お前といると退屈しないよ」

「はあ…ありがとうございます」


 一応、俺の親父が依頼主クライアントだからなのか、二人の時は敬語になるが、ここ最近は少し砕けた物言いになってきた。どうせ卒業まで一緒にいるなら面白い奴の方がいい。いや、卒業したらうちにスカウト出来ないだろうか。後で打診してみよう。


 俺は自分の思いつきに満足して、他人には麗しいと定評のある―アダム曰く腹黒そうな―笑みを浮かべた。



――――――



最後までお読みいただきありがとうございました。

設定盛ったけど成長痛は辛いよね、というお話です。

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Resign ―リザイン― 鳥尾巻 @toriokan

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