第17話 銀色のケース
六階でも何も見つからず落胆した佐々木達は五階に降りていた。気落ちした雰囲気が三人を覆い始めた時、佐々木の目だけが輝いた。佐々木は一瞬、自分の目を疑った。銀色の小型のスーツケースが目の前にあったからだ。思いがけない幸運に大声を上げそうになったが、すぐに右手で口を塞ぎ、心の中で叫んだ。
(やった! やりました! 私の運はまだある! さあどうします!?)
佐々木は鳥肌を立てながら平静さを装い、お金を探す振りをしながら、スーツケースをベッドの下に素早く押しこんだ。そして何事もなかったように、注意深く二人を急かし始めた。
「この部屋には何もないようですね。次の部屋を探しに行きましょうか。もう時間が迫っていますから、少し急いでいきましょう!」
落ち着いて発音したつもりだったが、佐々木の声は微妙に上ずった声になっていた。
「あまり急ぐと見落すかもしれないよ!」
玄関の方から佐野の声が聞こえた。
「わかっていますけどね、今はあまり時間がありませんからね」
「それもそうだな…… 次にいきましょうか」
汗だくになっていた中堂も探す手を休めた。
「がんばって探していきましょう! なぜなら私達には幸運がついているのですから!」
佐々木はこやかな微笑みで二人を元気付けた。
(まずはこの二人を何とかしないと……)
佐々木はちらと中堂の体を一瞥した。
(見たところ喧嘩はそれほど強くなさそうだ。後ろから殴れば簡単に気絶するだろう。それより、まずは佐野さんと組んで、先に中堂さんをかたずけたほうが利口か……)
「さあ、がんばって探していきましょう」
ぎらぎらした目つきの二人をやわらかく部屋から外へ追い出す。部屋のドアを閉める時、佐々木は部屋の番号を脳裏に焼き付けた。
(503号室。この部屋の番号は死んでも忘れる訳にはいかない!)
佐々木は唯一の武器であるノック式のボールペンで掌にも503と書いた。
「次は501号室ですね。早く見つかるといいですね」
501号室向かいながらも、佐々木の心は503号室のベッド下のスーツケースが全てだった。ドアの鍵を閉めていない以上、確率は低いが他の誰かに見つけられる可能性もあった。しかし探し終わった部屋の鍵をこれまで閉めてこなかった以上、503号室だけ鍵を閉める訳にはいかなかった。そんな事をしたら、すぐに疑われるのは目に見えていた。
(早く何とかしないと! 他の奴に取られるかもしれない!)
息のつまる暑さとあせりが、佐々木の頭を駆け巡った。額から流れ落ちる水滴が両目をぬらし視界をぼやかす。
「この部屋が5階で探す最後の部屋ですね。幸運の女神は私達についています。501号室の鍵は佐野さんが持っていましたよね。さあ鍵を開けてください」
「じゃ、鍵を開けるよ」
「どうぞ」
ぷっくりとした指で鍵穴に鍵を差し込み右に手首をひねる。部屋の鍵が開いた。しかし佐野は言いようのない不安の為に、ドアを開けることに戸惑っていた。
「ちょっと怖いから、私の替わりに誰かドア開けてよ」
「誰も出てきやしませんよ。いいでしょう、私がドアを開けます」
いつどこで何が出てくるか分からない恐怖を佐々木も感じていたが、今、そんな事は二の次だった。佐々木はこの部屋で二人をどうやって足止めさせるかだけを考えていた。
スパム 空乃 かなた @kainel
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