第31話 今はまだ
バーベキューが始まってからしばらく、忙しくも楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気がつけば、いつの間にか雨も止んでいる。
食事を楽しむ者、会話に花を咲かせる者、それを温かい目で見守る者──各々、自由に憩いのひと時を過ごした後に待つのは、心地の良い疲労感と、気だるい後片付けだった。
「ん〜、眠い〜……」
「あーもう腹いっぱいで動けんわ」
しかし、特にはしゃいでいた少女と、明らかに食いすぎていた大男は、やる気ゼロの様子で椅子にもたれかかっている。
「それじゃ、私たちは保健委員の仕事あるから」
「片付け任せちゃってごめんっ」
そして、颯希自身と、同じく保健委員である氷銫さんも、全体のゴミ掃除があるため、片付けには参加できそうにない。
「あはは……まあ、なんとかなるっしょ!」
「いや、千川さん。こいつらはちゃんと叩き起こそう」
とはいえ、片付けるだけなら準備よりも簡単なはず。後のことは彼らに任せて、自分の仕事を全うすべきだろう。
氷銫さんと二人、集合場所に向かうと、先生方からゴミ袋やトング、ビニール手袋を受け取って、担当の場所へと向かう。
そして、テントの下、それぞれのグループが後片付けに勤しむ中、芝生の上に時折落ちているゴミを回収していった。
「ねえ」
と、視線を下げ地面に集中していた時、横から声がかかる。
「さっきのこと、なんだけどさ」
振り向けば、作業を続けながら口を動かす氷銫さんの姿。
「その、ありがとって、言いそびれてたなって」
どうやら、礼を言い忘れていたことを気にしていたらしい。
「あ、写真のこと? ううん、気にしなくていいよ。むしろ、助けてもらった側みたいなもんだしっ」
もちろん、こちらとしては受けた恩の方が大きいと感じている。なので、彼女の懸念は不要なものだったが、
「……それもあるけど、あの人が怒った時、庇ってくれたでしょ?」
「え、あー……」
それだけというわけでもなかったようである。若干忘れかけていたが、確かに、あれは自分でも頑張ったことのように感じられる。
「実はちょっと、怖かったから。だから、その……」
実際、傍から見て感じ取れた通り、彼女でも怖いものは怖いらしかった。そう分かってみると、なおさら頑張った甲斐があったというものである。
「か、か……」
「……か?」
しかし、彼女の言葉はまだ終わっていなかったようで、
「かっこ、よかった……よね……みたいな……」
「っ!!」
照れくさそうに頬を染めながら、ボソリと嬉しい感想を伝えてきた。
生まれてこの方、女子からそんな言葉を貰ったことのない颯希にとって、それは今日一日の疲れを吹き飛ばすのに充分すぎる代物だった。
「あ、ありがとう……」
「ん……」
ひとまず感謝を述べれば、小さな頷きで返ってくる。が、当然のごとく湧いてきた気まずさから、お互い、作業の方に集中し始めてしまう。
──なんだ、このいい感じはっ……!?
女の子を庇い、カッコイイと言われ、そこからのもどかしい空気。正しく、青春の始まりを告げるような光景に、颯希の気分は自然と高揚していく。
しかも、趣味の話ができて、秘密を共有までしているときた。これで浮かれずに、いつ浮かれろというのか。
高鳴る鼓動に、頭のネジもゆるゆるになった颯希は、柄にもなく思いを馳せ、
「な、なんていうかさ。水野くんって──」
そんな風に盛り上がっていることをつゆも知らない氷銫さんは、再び言葉を紡ぎ出す。これ以上、いったい何があるのかと、颯希は期待に胸を躍らせ、
「──コウヅキさんと声、似てるんだねっ」
「え」
直後、ピタリと固まることになった。
「ちょっと、ビックリしちゃった。前から少し、いい声なのになって思ってたけど、あんな感じとまでは思ってなかったから」
ありがたい感想を語る氷銫さんを前に、しかし先ほどまでの浮かれ気分は鳴りを潜める。
「は、はは……そ、そんな、かな……?」
「うん。実は本人だーって言われても納得しちゃうくらい」
「へ、へー……」
思わず乾いた笑いがこぼれ、曖昧な相槌を返すことしかできない。
──や、やってしまった……。
思い返せば、確かに普段出さない声量を出してしまっていた。真剣だったうえ、彼女が来ることは想定していなかったので、仕方ない側面もあるにはある。
だが、実際問題、彼女に聞かれたことは事実で、その感想も恐れていたものそのものだった。
流石にまだ気づいている様子は無いが、核心に迫られたという事実だけでも相当にくるものがある。
「ま、流石にそれは冗談だけど」
「ははは……」
幸い、口調などは素であったため、多少はマシな評価に落ち着いているらしい。ただ、その冗談は全く笑えないので勘弁してほしかった。
「もしかして、カッコイイってのも……」
「まあ、その補正はあるかも?」
ふと、気になって聴いてみれば、案の定そういうことらしい。
そもそも、ちょっと助けられただけでコロッといくなら、とっくに誰かになびいているはずなのだ。それはそうだろうと、勝手に騒いでいた自分が恥ずかしくなってくる。
「どうかしたの?」
「な、なんでもないよ……はは……」
現実の厳しさを思い知らされた颯希は、一転していつもの自分に立ち返ると、恥ずかしさをごまかすように作業の方へ意識を向けるのだった。
それからしばらくして。一同がバスに乗って帰路につく中、自身の席に着いた氷銫深恋は、そっと息を吐き出した。
「……もう寝てる」
彼女が横を見ると、そこには目を閉じてグッスリと眠る友人の姿。ただ、周りを見れば、それは決して珍しい光景ではない。
騒がしかった行きの時とは真逆に、多くの生徒たちは静かにバスに揺られているのだ。
「…………愛理、また水野くんのとこ行ってない?」
一方で、余韻に浸りたいのか、コソコソと隣同士で言葉を交わす者たちもいた。静寂ゆえ、余計に気になるその声に、彼女は面白くなさそうに顔をしかめる。
それは、恋慕の類からくるものには見えなかったが、思うところがあるのは間違いなかった。
「水野くんも、なんか楽しそうだし……」
なおもぶつぶつと呟くその表情は、頑張って懐かせた野良猫を、横からあっさり取られた子どものようだと言えば正しいか。
いかにも、今すぐ文句を言いにいきたいという仕草だったが、しかし身体は動かない。ここで行けばいじられることは明白で、それは望むところではなかったのだろう。
「ちょ……早乙女さんっ……」
「っ!!」
が、流石にいつまでも静観していられるほど、成熟してもいなかった。気になる言葉が聞こえてきた彼女は、座席の上から様子を伺おうとするも、何が起きているのかは見えない。
結果、ついに耐えかねた彼女は、バスが止まっている間にこっそり席を立つと、周りの目を気にしながら歩みを進めていく。
「あっ」
すると少しして、可愛がっていた野良猫の肩に頭をのせて眠る少女の、呑気な寝顔が映った。
「いや、これはその、不可抗力でっ」
目が合った野良猫本人は、慌てたように弁解をしてくるが、それすらも面白くないのか。
「別に、言われなくても分かってるけど?」
「え、あ、はい……」
不機嫌さを隠さずに威圧する。
「ふぇ……深恋、どうしたの……?」
と、横でそんなことをしていたら、まだ眠りの浅い少女が起きるのは当然か。
「あっ、やっぱりそういう……!?」
一気に目を覚ますと、開口一番、目を輝かせ始める。深恋はため息をこぼしつつ、首を横に振ると、
「違うってば」
静かに、はっきりとそう伝え、
「えー? じゃあ、どういう関係なの?」
しかし、やはりというべきか、納得はされない。いい加減、このやり取りにも飽きてきたのか、深恋は解決策を見出すように目を泳がせると、
「ええっと──」
やはり、これしかないとばかりに、一つ頷き、
「──ただの、友達」
当たり前のように、そう口にするのだった。
隠れてイケボ実況してたら理事長の愛娘にガチ恋されてた話 木門ロメ @kikadorome_13
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