異端審問

きと

異端審問

 あの娘は、呪われておる。

 あの娘は、我々の仲間ではない。

 あの娘は、異端である。

 幼い頃から、村で異端として扱われていた少女は、今日で16歳の誕生日を迎えた。

 それは同時に、彼女が最期の日を迎えたことも意味していた。

 この村で生活している者は、少女以外の全員が金髪で碧色みどりいろの目をしていた。

 対して少女は、赤い髪であおい目をしていた。

 少女と他の村の人間の違いは、ただそれだけ。

 だが、生まれ持ってしまった髪の毛と目の色で、家族からも気味悪がられた。

 少女が生まれて間もなく、少女は異端である。よって、16歳の誕生日に神のもとへ送り、異端ではなくするようにする、という決定がなされた。

 神のもとへ送るというのは建前で、実際に行われるのは、処刑だ。

 天まで昇っていけるように、生きたまま焼かれる。

 16歳まで待ったのは、単純にこの村では16歳になる前に異端を殺すと自らが異端となる、と言われていたからだ。

 最期の時が迫る中、少女は村の教会の一室で静かに座っていた。

 足掻あがくことなどしない。もうどうしようもないことだから。

 せめてもの救いは、最期に異端審問をする人間が、昔から唯一仲良くしてくれたこの教会の一人息子であることか。異端審問する人間は、異端である少女が最期に話すことになる人間だ。最期に話すのが、彼でよかったと少女は心から感謝していた。

「おい! 時間だぞ、出てこい異端め!」

 自身に投げられる乱暴な言葉も、少女にすればなれたものだ。特に言い返すこともなく、指示に従う。少し歩くと、異端審問が行われる部屋に着いた。中には、村の人間のほとんどが待っていた。少女は、中央に置かれた机の前に立つ。真正面には、仲が良かった彼が神妙な顔つきで座っていた。

「それでは、異端審問を開始する」

 彼の言葉は、機械的だ。ただ、淡々としていて冷たい。

「赤い髪で蒼い目をした娘、クラリス。彼女は、他の村の人間とは異な呪われたる姿をしているとして、異端となった」

 次に言われる言葉を少女はもう分っていた。

 よって、クラリスを神のもとへと送り届けることとする。

 その言葉の後に、少女が一言返事をすれば、それで終わり。処刑場へと移動して、焼かれて死ぬ。

 ただ、それだけだ。

 彼は、冷たい口調で言葉を紡いだ。

「しかし、私はこの異端をくこととしたいと思う」

 クラリスの思考が止まる。周りの村の人間のも、ざわざわと騒ぎ始めた。

「ふざけるな、ウイリアム! この女は、明らかに異端だろう!」

 やがて、村の重鎮じゅうちんとも呼べる人間が、怒りをあらわにする。それにつられるように、他の人間たちも声を張り上げる。

 異端を解くと言った彼――ウイリアムは、冷たい目で村の人間たちを見る。

「では聞くが、なぜクラリスは異端なのだ?」

「簡単だ! 我々と違う容姿をしているからだ! 金髪で碧色の目こそ、通常の人間だ!」

「それだけか? 貴様らが、クラリスを異端としている理由は」

 村の人間たちは、一瞬言葉にまるがそうだ、そうだと口々に言う。

 ウイリアムは、首を振った。心底呆れているかのように。

「異なっていることの何が悪い? 貴様らだって、髪の長さも瞳の大きさも食事の好みも違うだろうに。村の外に出てみろ。我々と容姿の違う人間など、森の木々よりも多くいるぞ。人間は、違って当たり前なんだよ。貴様らは、容姿だけで判断して心を見ないクズどもの集まりだ。そんなクズどもに逆上せず。異端として扱われながら村の人間である私とも親身に接してくれたクラリスの方が、きれいな心をしているのではないか?」

 沈黙が訪れる。だが、やがて村の人間たちは再び文句を言い始めた。その言葉は、ただの罵倒だ。反論ができないから、ただ汚い言葉を投げかけている。

「文句があるならこうしよう。私、ウイリアムとクラリスは、この村から出ていく。それで満足か?」

 ウイリアムの言葉に村の人間はみな、出ていけと声を重ねる。

「そうか。では、行こうかクラリス」

 急な展開に戸惑うクラリスの手を引いて、ウイリアムは教会を出ていく。

「ねぇ、ウイリアム。よかったの? 家族の人を置いて行って」

「構わないさ。異端として君が殺されるよりは。それより、これからのことを考えないと」

 これから。それは、クラリスにはもうないものだと思っていた。

「ウイリアム。それなら、まずは西の町へ向かいましょう。あそこは人が多い場所だから、仕事もいっぱいあるわ」

 これからがどうなるかは、誰にも分からない。

 だけど、今は道が開けたことが素直に嬉しかった。

 吹き抜けた風が、ふたりの背中を押してくれているような気がした。

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異端審問 きと @kito72

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