幕間 ある夏妃と女官の細やかな幸福の備忘録
華やかな宝飾品が風呂敷いっぱいにならべられる。
「いかがでしょうか、こちらなんかは最高級の
商人の女がにこにこと自慢の商品を紹介した。
後宮には時々都から物売りがくる。ほとんどは服や宝飾品等を取り扱う商人で、好きに買い物に出掛けられない妃妾たちにとっては最大の娯楽といっても過言ではない。
だが、希に宝飾品の類に関心のない妃妾もいる。
夏の妃である
「それ、いい石だね」
そんな凬がある髪飾りに関心を示した。諦め半分に宣伝をしていた商人は眼をまるくする。毒気を抜かれたが、慌てて商人の顔になり「そうでございましょう」と声をあげた。
「こちらは南の山脈から取り寄せた
「手に取っても?」
「もちろんでございます」
凬は髪飾りをてのひらに乗せる。
小振りの
「おまえさんはどう思う?」
凬は後ろに控えていた女官――
「す、素敵だとおもいます」
依依は内心、凬が身につけるには可愛らしすぎるのではないかとおもったが、凬が選んだのならばそれは素敵な物に違いないので、ぶんぶんと頭を縦に振る。
「そうか、よかった」
凬は微笑んだ。
「これをくれ」
そうとうに値が張ったが、凬はためらいなく払い、髪飾りを購入する。商人は丁重に頭をさげ、髪飾りを梱包しようとしたが、凬は「すぐに身につけるから」とそれを断った。
「依依、こっちにおいで」
「は、はいっ」
依依はてっきり凬に髪飾りをつけるのだとおもって、側に寄る。だが、凬はあろうことか、その髪飾りを依依の髪に挿した。
「ひょっ、ひょえ……!? なっなっ、なんで、わ、わた、わたし!!?」
依依はおどろきのあまり、こぼれ落ちんばかりに眼を見ひらいて、ふるふると震えだす。
「おまえさんに似あうとおもってね。ほら、おもったとおりだ。その髪には紅の宝珠がよく映える。あざやかな紅の髪に挿しても、赤い宝石は見劣りしてしまう。おまえさんくらいの髪がいちばんだよ」
凬は満足そうに眼を細める。
「……ほんとうにきれいだ」
依依はひとつ、ふたつと涙をこぼす。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。胸がどきどきして弾けそうになる。
「う、あっ、こんなもったいないぃぃ」
ついにわんわんと泣き崩れてしまった依依を抱き締め、凬はやさしい眼差しで髪を梳いた。
引っ張られたり、踏まれたり。きらわれたり、疎まれたり、馬鹿にされたりしてばかりだった髪をいま。
こんなふうに褒めて、愛でて、なでてくれるひとがいる。
(あなたさまがいてくださったから、わたしは)
これほどの幸せが、あってもいいのだろうか。
「死んでもたいせつにいたします」
(生きていてもいいんだと、そうおもえたのです)
…………
これは遠い日にあったこと。もう取りもどすことのできない、それでも確かにあった幸せのかけら。
…………
ふたりの命がつきた夏の昼さがり。
すっかりと晴れわたる空に一羽の
赤い宝石のついた小振りの簪がひとつ、窓べに置き忘れられていた。鷂は
あとにはただ、
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いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
皆様の応援のお陰様にて「後宮食医の薬膳帖1」再々々刷 「2」再刷 「4」再刷 が決定いたしました!
書籍版でも「後宮食医の薬膳帖」を楽しんでいただき、心より御礼申しあげます!
感謝の想いをこめて「凬」と「依依」の幕間を書きおろしましたので、お読みいただければ幸甚でございます。時系列としては第二部完結後です。ちょうどカドコミにて連載しているコミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」が第二部の終盤なのでそちらにあわせました。
そして本日、コミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」の最新話が更新されています!
なんとついに人気キャラ藍星が登場!とっても可愛らしくキャラデザしていただきました!さらに段々と明かされる慧玲の過去…慧玲が鴆に"ある秘密"を明かす時の水辺のシーンはほんとうに美しいですので、是非ともご覧いただければ嬉しいです。
コミカライズ版はこちらです▽
https://comic-walker.com/detail/KC_005185_S?episodeType=first
今後も「後宮食医の薬膳帖」のコミカライズ版が読みたい!とおもってくださった読者様は「+フォロー」読了後に「♡」をクリックしていただけると大きな応援になります。よろしくお願いいたします。
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