幕間
幕間 毒師、風邪をひく
静かな夜だった。
月は細く、星が明るい。
(彼だ)
腰をあげ、玄関までむかう。
「やあ、星の綺麗な晩だね」
想っていたとおり、 夜陰を身にまとって
「おまえが訪ねてくるなんてずいぶんと久し振りね」
「まあね」
相変わらず神出鬼没だ。
皇太子としての執務がそうとうにいそがしかったのだろうと想像がつく。疲れているのではないかとおもった
「おまえ、酷い熱じゃない」
触れるだけで解るほどの高熱だ。
「春の宮で
鴆は喋りながらひとつ、咳をした。
「
意外だった。
それだけ疲れて免疫が落ちていたということでもあるだろう。特に睡眠を怠ると感冒に感染しやすくなる。彼が充分な睡眠をとれていたとは想えない。慧玲もまた、彼が訪ねてこないあいだ眠れていなかったから、よく解る。
「おいで」
鴆に手招きをし、取り敢えず
鴆は意外にもおとなしく身を横たえる。 再度手をあて熱を測ってから、慧玲は薬をつくるために立ちあがろうとした。だが、何処にもいくなとばかりに腕をつかまれた。
「待っていて、
「薬なんか要らない」
鴆はすねたような眼をして慧玲の腕を引っ張る。
「意地を張らないで」
「薬より、あんたの手が欲しい。冷たくて……きもちがいい」
「おまえが熱すぎるの」
すり、と手に頬ずりされる。
薬のにおいがしみつき、荒れた手。
「ここにいなよ」
「……」
ため息をつきたくなった。
こうも弱っているところをみせられると胸が締めつけられるような、くすぐられるような奇妙なきもちになる。
「わかった」
鴆が眠るまでは側にいようときめ、あらためて臥榻に腰をおろした。鴆は疲れきっっていたのか、すぐにうつらうつらと微睡みはじめる。重なりあった睫が頬に落とす影を眺めながら、側に寄り添い続ける。
そんなふたりだからこそ、いま、側にいる。
…………
……
鴆が起きたのはそれから一刻(二時間)経ったころだ。
「ああ、起きたのね」
ちょうど薬膳ができた。
「……そんなものを望んで、貴女のところにきたわけじゃない」
「知ってる。おまえはそうでしょうね。それでも、私は食医よ。食医は
これまでだってそうだったでしょうといわんばかりに土鍋の蓋を外す。ふんわりとやさしい
「そうだね、あんたはそういう
諦めたと苦笑して、鴆は渡された匙を取る。
さらに喉が荒れていてもするりと飲みこめるので、食べやすい。
「うまいね」
ちょっとだけ悔しげに鴆が褒める。
「よかった」
「熱はあるが、妙に寒かったから……助かった」
よほどにおいしかったのか、彼はあっというまに食べ終えてしまった。
「おまえに薬を食べさせるのは
「そうだったかもしれないね」
あの時、患者たちは解毒した慧玲を罵って薬の味についての感想も述べずに去っていった。そのくらいのことで傷つくような彼女ではなかったが、鴆だけがまっすぐに褒めてくれた。
なぜだか、心が弾み、凍てついていた硬い莟が綻ぶように胸が暖かくなった。
敵になるとしても、嬉しいと感じてしまった。
(思いかえせばあの時からすでに――――)
「なんだか、頬が赤いね。僕の熱がうつったかな」
くいと引き寄せられ、額をあわせられる。今度こそ、耳のふちまで燃えるように熱を帯びた。
「熱があるんじゃないか?」
「違う、そうじゃなくて……いえ、うつったのかもしれない」
慧玲は慌てて否定しかけて、すぐに撤回する。きっと、うつってしまったのだ。感冒ではなく、もっと違う――熱病のようなものが。
「へえ? だったら一緒に眠っても問題ないね」
「っ……後片づけが」
強引に
鴆が眠れなかったのとおなじように慧玲だって、よく眠れなかった。疲れはたまっている。
散らかった
朝はまだ遠い。
----------------------------------
お読みいただきましてありがとうございました。
コミカライズ版「後宮食医の薬膳帖 」は現在第二部のクライマックスです!! そ太郎様が最高の作画で燃える火の毒、夏の妃と女官の愛を表現してくださっているので、是非とも一度ご覧いただければ幸いです!
カドコミ▼
https://comic-walker.com/detail/KC_005185_S/episodes/KC_0051850000100011_E?episodeType=first
「おもしろい」「もっと読みたい」とおもっていただけたら、そのときは「カドコミ」にて「フォロー」をしていただければとても励みになります! なにとぞ今後とも後宮食医の薬膳帖をよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます