2‐43鴆による潜入調査
「ほんと、予想外にも程がありますって!」
風を唸らせて振りおろされた薪割り斧を弾きかえす。
斧を振りまわしているのは
「賊なのです」
「許せません」
「男です」
「なおのこと、許せません」
「埋めちゃいましょう」
「そうしましょう」
「まったくもって、厄介なことになったね」
「俺は喧嘩は大好物ですが、
しぶりながら、
鞘から抜いていないので、斬れることはなかったが、女官は中庭の石段を転がりおちていった。だが、すぐに階段をあがってくる。骨が折れたのか、左腕がぶらぶらと垂れさがっている。それにもかかわらず、女官は笑いながら、再度斬りかかってきた。
「うげっ、だから異常ですってば! どうなってんですか!」
「麻薬だよ。運動神経があがって死にたいしても臆さなくなる。訓練をすれば、最強の軍隊のできあがりだ。侵入をすぐに察知されたのもそのせいだろうね、可哀想に」
「こわ……そんなことできるんですか」
(殺す、わけにはいかないか)
だが、これではきりがない。
女官たちは骨が折れようが、短剣が脚に刺さろうが、お構いなしに襲いかかってくる。痛みを感じないだけで人間はここまで強くなれるのか。
劉は剣をもって斧を受けとめていたが、斬撃が重すぎて腕が痺れたのか、顔をしかめる。鴆は端から攻撃は避けるか、柳に風とばかりに受けながしていた。
「しっかし、あれですね。こうたい……げほげほ、貴方様ってお強いんですねぇ。暗殺者みたいな動きですごいです」
劉が感心したように声をあげた。さすがに侵入している時に公然と皇太子様とは呼ばないだけの弁えはあったらしい。
「褒められているかな、それは」
「完璧に褒めことばですよ! だって、格好いいじゃないですか、暗殺者って!」
言動はともかく、劉もまた武芸の腕だけは卓越していた。
致命傷を与えないように加減をしながら、これだけの人数をさばいているのだから大した技量だ。親の
鴆が毒をつかわなければ、互角だろうか。
なにより、剣を振るうのが好きだというのが端々から感じられた。名家の三男でありながら剣をつかいたくて、危険をともなう武官という役職についた物好きだという噂も聴いたが、あながち嘘ではなさそうだ。
その時だ。ひらりと蝶が舞った。
有事のために慧玲の袖にしのばせていた偵蝶だ。慧玲の身に危険がせまっている――
「隙ありですっ」
背後から女官が斬りかかってきた。鴆は咄嗟に短剣を振るいながら、身をひねる。脇腹を
「ちっ、そろそろ、わずらわしくなってきたな」
劉を連れてきたせいで、
(いっそ、人毒の血潮を剣にしのばせて、殺すか。ひとりも残さず息の根を絶てば、証拠も残らないだろう)
鴆は頭のなかで策略を練る。
女官を殲滅してから、慧玲を連れて帰還。秋の
鴆は他人の命を重んじていない。女官全員が死に絶えようが、後宮が壊れようが、彼にとってはどうでも構わないことだ。
鴆が一瞬だけ、劉に視線を投げる。
鴆に疑いがかかるようなことがあれば、劉が虐殺をしたことにする。もともとそのために彼を連れてきたのだから。
「えっ、なんか、とてつもなく悪いことを考えていません?」
「まさか。たいせつな
「嘘だぁ……俺、馬鹿ですが、勘はいいんですよ、ねっ」
劉は敵をいっきに薙ぎ払って鴆と背をあわせる。声を落として、鴆にしか聴こえないように尋ねてきた。
「皇太子様って、ほんとはもっと違うにんげんですよね?」
品行方正で物腰穏やかな皇太子。白眼視されて畏縮しているだけの、頼りない男。全部が演技だろうと。
「……」
鴆は振りかえり、微笑みかけた。
「だとしたら?」
ひと
「あなたがつかえているのは僕の
劉は後れて鴆の意を理解したのか、へらりと嗤った。
「違いませんね。俺はてきとうに働けて、できれば剣を振らせてもらって、給金をもらえればいいです。あ、でも、
「わかったよ。そのかわり、宮廷ではよけいなことを喋るなよ」
鴆の袖から夥しい量の
「いい
「すっげぇ、やっぱり格好いいじゃないですか」
劉は眼を輝かせて終始、歓声をあげていた。
「むむむっ、逃げられないのです」
「腕は要らないから、抜けだすのです」
女官は縛られてなお、もがき続けている。撚糸で切れた肌から血潮が滲んで垂れた。腕を捨てて、抜けだそうとしているものまでいた。完全に頭まで薬がまわっている。鴆があきれて、ため息をつく。
不意に風が吹きあげてきた。
奇妙な風だ。
風にさらされたのがさきか、あれだけ抵抗を続けていた女官たちの身が弛緩した。紫の
「どうなってんでしょう、これ」
清浄な花の香をともなったこの風には憶えがあった。
慧玲だ。
鴆は考える暇もなく、地を蹴っていた。
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