2‐33患者の死
宮のなかに異様な笑い声が響きわたる。
「ふふふふふ、ふふふふ、ふふふふふふ」
壊れた琴をでたらめに奏でているような声。声を聴くだけでもまともではないことがわかる。朝の薬膳を持ってきた
笑いながら
「ああ、嬉しいったら。こんなに嬉しいことってあるのね」
「昨晩から、ずっと、この様子で」
「一睡たりともお眠りにならず」
女官たちが助けをもとめるように訴える。
萌萌はまともに食事も取れていないのに、普通ならばこんなふうに動き続けられるはずがなかった。
だが、慧玲を絶句させたのは奇行だけではなかった。
「
剥きだしの黄金が、萌萌の左側の顔を覆っていた。
黄金に飾られた素肌はきらびやかだ。前衛芸術を彷彿とさせる。だがこれは毒だ。地毒がもたらす病は残酷に美しい。
たったひと晩でここまで毒がまわるなんて、考えられなかった。萌萌の身になにが。
「もう、なにもつらくはないのよ。つらくない、つらくないわ、ふふふふ……」
かろうじて覗く右の眼もとを綻ばせて、
「ああ、幸、せ」
黄金がいっきに拡がる。
続けて黄金が端から砕け、きらめく砂が噴きだした。頭から順に風化が進み、崩れていく。砂で造られた城が、浪に喰われるような虚しさで。
萌萌は死んだ。
あとには黄金の砂が残される。
毒による異常な死を前にして誰もが動けず、呼吸すらできなかった。窓から強い春風が吹きこみ、金砂が舞いあがる。
「萌萌様」
女官たちが咄嗟に砂にむかって、腕を伸ばした。
「っいけません、吸いこんでは」
慧玲は側にいた
風が落ちついてから、女官たちは残った服を掻きあつめ、声をあげて泣き崩れた。
現実を緩々と理解して、慧玲が緑眼を濡らす。
「解毒、できるはずだったのに」
助けたかった。助けられるはずだった。それなのに、なぜ、こんなふうに死ななければならなかったのか。
◇
宮廷の
「後宮の妃が続々と毒死している。後宮食医がついていながら、なぜこのような事態となっているのだ」
そう、異変をきたした患者は
後宮にいた患者全員が萌萌と同様に金砂となって崩壊、命を落とした。これにより、後宮食医として解毒にあたっていた慧玲が議会に糾弾される事態となった。
「
「偉そうに万毒を解く等と語っていたが、この程度か」
「患者を助けることもできぬとは」
職を奪われたと卑屈になっていた典医たちがここぞとばかりに慧玲を攻撃する。慧玲は患者を死なせてしまった後悔と衝撃からまだ復帰できていなかったが、涙の痕を残した緑眼で議場を見据える。
「私の処方した薬に誤りはございません」
「なんだと」
詫びることはすることは易い。
だが、有らぬ罪を認めることは白澤の一族の誇りに瑕をつけることだ。
胡乱な視線にさらされながら、慧玲は臆することなく声を張りあげた。
「患者にたいして、毒物を投与したものがいます」
官吏たちがどよめいた。
死に瀕した萌萌の言動は異常だった。衰弱した身で動きまわり、錯乱したように笑い続けていた。後から聴いたところによれば、死亡した患者は一様に錯乱して踊り続けてから毒死したという。あれは
その毒が土毒を強化し、いっきに金毒がまわったのだ。
疑惑の眼が一転して典医たちにむかう。典医たちは身を乗りだして声を荒らげた。
「我々がそのようなことをするはずがなかろう」
「その姑娘がおのれの失態を隠すためにでたらめを」
「それでは」
透徹した声で喧騒を割る。
「ほかに患者を解毒できる御方はおられますか」
萌萌の死からまだ一晩しか経っていない。
だが後宮では新たな毒疫の波がきていた。患者の死で飛散した
議場が静まりかえる。言いかえせるものはいなかった。
慧玲は袖を掲げ、あらためて誓いをたてる。
「新たな毒を撒き散らしたものを捜しだして、かならずや宮廷の
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