2‐31藍星、東宮を覗く
日が東から昇ることから、
「
慧玲を抱きあげた
後宮女官如きが皇太子の居室に踏みこめるはずもない。
だがちょっと覗くだけならば、許されるのではないか? 藍星は意を決して扉のすきまから、なかを覗こうとした。
「なにしてんですか」
後ろから声をかけられ、藍星はびくううっとなった。
「ち、違います、あやしいものではないんですけど。ただ、その」
どう考えてもあやしいのだが、藍星はぶんぶんと頭を振って懸命に言い訳をする。
「ああ、食医様つきの女官でしたっけ、例の官吏をぐうで殴った」
「ふえっ、あっ、あの時の」
頭を振りすぎていたので気づかなかったが、声をかけてきたのは病室で助けてくれた武官だった。武官というと藍星はこれまで筋骨隆々の男を想像していたし、現にそういう武官が殆どだが、彼は線が細くて文官かと誤解するほどだった。華やかな二重といい、眉の緩やかな曲線といい、見映えがする。妖艶で冷酷な印象を振りまく鴆とはまた違ったふんいきだった。
「
「俺は
「
「ですねぇ。俺も皇太子様に報告があってきたんですけど。さすがに皇太子様の
「ね、閨事っ」
とんでもない言葉が飛びだしてきた。藍星の顔が、ぼぼっと燃えあがる。
「そ、そんなはずないじゃないですか。宮廷が毒疫の禍で大変なときに」
「関係ないでしょう。
「は」
一瞬だけ時が停まって、藍星の笑みがいっきに壊れた。
「なな、なっ、なんですか、それっ、慧玲様が微妙なんて眼が腐っているんじゃないですか!
慧玲を褒める言葉ならば、藍星はたて板に水とばかりにならべることができる。
「へえ、でも、食医様って毒々しくないですか?」
「どこが!? 薬のなかの薬ですよ! 慧玲様を馬鹿にしないでください! 毒々しいのはむしろ、あなたのところの――」
皇太子様でしょうが、と言い掛けたが、これは言葉にしたら死刑ものだなとおもったので、声をのむ。
「まったく喧しいな」
その時だ。扉がひらかれ、辟易した声とともに
「あ、皇太子様、もう終わったんですか?」
鴆の背後から、慧玲も顔を覗かせる。
「藍星、心配をかけてすみません」
「慧玲様! よかったあぁ、もうだいじょうぶなんですね?」
「熟睡してげんきになりましたよ」
藍星は思いきり、慧玲に抱きついた。
「というわけで報告です。失踪した宦官の宿舎から金塊がでました」
劉の報告に慧玲がいっきに真剣な眼差しになる。
「間違いありません。それが毒のもとです」
「はい。さきに食医様に教えていただいていたので、慎重に処理されました。石の箱にいれたら毒が洩れだすことはないんですよね、確か」
だが、不可解なのは宦官がどうして金塊なんかを持っていたのか、だ。
「盗掘品だったみたいですね」
「後宮の
慧玲がすかさず尋ねた。藍星はそれを聴いて、廟の調査に赴く冬妃と逢ったことを想いだす。廟にそんな危険な物が眠っていたなんて。
「察しがいいですね。金塊を持ちだした宦官は、
「特大の金塊……ですか、わわっ」
藍星は想像して、宦官が欲にかられるのも致しかたないなとおもった。まして金が毒だなんて考えもしなかったはずだ。
「まあ、特大っていっても、あのくらいだったら竜家の財産の一割にも満たない
「あ、だったら、その端金をください」
咄嗟に欲望がだだ洩れてしまった。慧玲に苦笑されてしまう。
だが、廟から発掘されたという経緯について、慧玲としては違和感をおぼえたのか、顎に指を添えて考えこむ。
「しっかし宦官がやらかしたとはいっても、調査の責任者は冬妃ですからねぇ。そうなるとあれか。
「そう、残念ながら《飛べぬ鳥が夜に鳴き》というのは
神託というのは受け取りかたによって、様々な考察ができるものだ。都合よく神託をつかうのは易い。藍星は昔から神託とか易占とかそういったものが好きではなかった。
皓梟の処遇を憂いてか、慧玲は唇をかみ締めた。
「……偶然ではない、かもしれませんね」
「だとしても、確かめるすべはないよ」
風が吹きつけてきた。盛りを終えた
乱舞する紅は、微かに錆のにおいを漂わせているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます