2‐29金毒解毒
朗報が飛びこんできたのは翌朝のことだった。宮廷の
「
「ほんとうですか! ただちに診察に参ります」
朝餉の支度はちょうど終わったところだ。
「食医様」
患者たちは一様に表情が明るく、始終つきまとっていた病の陰りは取りはらわれている。それだけでも、解毒を完遂できたのだとわかる。
「みな、すっかりとよくなりました」
「食医様のお陰です」
「信頼しておりました、かならず助けてくださると」
患者たちは感極まって、かわるがわる慧玲の手を握り締め、御礼の言葉を述べた。
念のため、患者全員の診察をした。
「舌診、聞診、脈診、腹診、いずれも異常なしです」
患者から歓声があがった。
薬を調えるとき、この薬では解毒できないのではないかと敗北を疑ったことは一度たりともない。だが、薬が毒を絶つまで、患者が毒に敗けずに持ちこたえてくれるか。それだけは祈るほかにない。
医師もまた、患者を信頼して、託しているのだ。
「よく毒に克ってくださいましたね、ありがとうございます」
透きとおるような微笑を湛え、患者たちにむかって頭をさげた。
「そんな、頭をあげてください」
「食医様の薬膳があったから乗り越えられました。毎食、毎食がどれほど楽しみだったことか。解毒の薬だというばかりではなく、心の支えをいただきました」
後ろでは
「ほんとうによかった……」
いっきに緊張が弛んだのか、きんと耳鳴りがした。まわりの声が遠ざかる。続けて眩暈に見舞われ、視界がかすんだ。
立ち続けていられず、慧玲は崩れおちる。
「
藍星がかけ寄ってきた。
だが、それよりさきに慧玲を後ろから抱きかかえたものがいた。毒々しい紫が、眼のなかに滲む。
「
「あんたはほんとうにどうしようもないな」
ため息がひとつ、落ちてきた。
なのに、たまらなく安堵した。魂ごと絡めとられて、毒の底に吸いこまれていくような奇妙な浮遊感。絶えず張りつめていたものが、突き崩されるようにほどけて、ふっと意識が遠ざかる。
「えっとですね、慧玲様はすっごくお疲れで、殆ど眠っておられなくて」
「だろうね」
藍星が弁明しようと懸命に喋るのを遮って、鴆は慧玲を抱きあげる。事情を知らぬ患者たちは皇太子様が食医を抱いているというだけでも動揺していたのだが、鴆は慧玲の唇に
「!」
藍星や患者たちは魂を抜かれたようになる。
「彼女は預かるよ」
鴆は微笑んで、眠りに落ちた慧玲を連れていってしまった。
藍星は理解が追いつかずにしばらく惚けていたが、鴆の背がすっかりと遠ざかってから、ぼんっと耳の端まで紅潮させた。
「い、いまのは……あ、愛……愛ですか、愛ですよね! はわわわわっ!」
騒ぎながら、藍星がぐるぐると眼をまわしていたのはいうまでもない。
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