2‐21黄金郷の秋の季宮に不思議ちゃん妃
後宮とは贅をつくして造られた皇帝の庭だが、秋の宮は段違いに豪奢だ。
「なんとか、こう、ちかちかしますね」
そんな秋の宮に君臨するのは
秋の
「ようこそお越しくださいました、食医様」
「
迎えてくれた女官は一様に幼かった。推定だが七歳から十三歳ほどだろうか。中庭で掃き掃除をしているのも、薪を割っているのも、重い水桶を担いでいるのも例外なく。
「
「秋の
「そうです、そうです」
慧玲の言葉に女官たちがいっせいに頷いた。
秋の季宮では身寄りのない
「わたしたちは秋の
「育っています、すくすく、ぐんぐん」
廻廊を進みながら女官たちが嬉しそうに胸を張る。藍星は「しっかりしていますね」と感心したようにうなった。
「でも女官って意外に重労働ですから、
薪割りをふくめて、重い荷を運んだり庭を清掃したりするのは宦官の役割だ。だが、
「ぜんぜん、へっちゃらです」
「お掃除もお洗濯も好きですから」
「秋の
女官たちは笑顔を絶やさずにこたえる。
「ささっ、こちらです」
後光が差すほどにきらびやかな
「
「しょく、い……なにそれ」
「
「お疲れなんだとおもうんですけど。このたびはとくに酷かったので」
女官たちは笑顔を崩さないが、
「静様、食医をつとめる
慧玲は
「
慧玲が診察して、藍星はそれを文書に書き取る。慧玲は一度診た患者の病態は細部まで違わず記憶できた。敢えて診察結果を残すようになったのは藍星の勉強のためだ。
それにしても、異常なほどの頻脈だ。
例えるならば、猫から逃げまわり続けたねずみの心臓である。尋常ならざる昂奮の結果、あるいは毒だろうか。
「誰」
「食医でございます」
やはり、先ほどの挨拶は聴こえていなかったのか。
「体調がよくないの、帰って」
「はい、ですから、診察に参りました」
健康だったら医者は呼ばれない。変わった妃だ。患者に寄りそうようにやわらかく声をかけたが、静は腕を振りほどいて強く拒絶した。うつむき、また、桶に顔をふせる。
「要らない。時間が経てばなおるから……うっ」
嘔吐できるものがすでに残っていないのだ。
一緒に咳がこみあげてきて、喉からはひゅうひゅうと喘鳴があふれた。赤い喀血なので、喉か、気管が傷ついているものと推測される。幼けない背が強張って細かく跳ねる様は哀れで、胸が締めつけられた。
「おつらいはずです。診察をして、すぐに薬を」
「つらい?」
静が顔をあげた。
眉根を寄せるでも、頬をゆがめるでもなく、
「なにが?」
慧玲が咄嗟に息をのむ。
側にいた藍星もぎょっとして、戸惑った。
「だ、だってこんなに」
「帰って。薬も医者も要らないの、私はつらくなんかないから」
ここまで拒絶されては診察もできない。伺うように女官たちに視線をむければ、女官たちも頭を振り、苦笑して頭をさげた。
「承知いたしました。なにかあれば、いつでも御呼びくださいね。ただちに参ります」
諦めて荷をまとめ、帰る。黄金の調度品が飾られた
「まもなく吹雪になるから」
振りかえれば、静がこちらをみていた。先ほどよりは視線がさだまってきている。
「帰りみちには気をつけて」
「それは」
「聴こえるの、
静はそれきり、また、桶に頭を沈めた。
…………
「なんか、変わった
帰りがけに
同様に想ってはいても、
「静様はすでに感情という域を越えておられるのです」
「素晴らしい
無念無想の境地に達しているということだろうか。
「どうぞ、こちらをつかってください」
黄昏がせまっているが、すがすがしいほどの晴天で、曇ってもいない。
慧玲の戸惑いを察したのか、官巫女官たちが声をあわせる。
「
「一昨年は
「だから今晩もかならず、吹雪になるのです」
根負けした慧玲は苦笑しながら感謝の言葉を述べ、油紙傘を預かった。最後まで袖を振ってくれた女官たちが見えなくなってから、藍星はあきれてため息をつく。
「明後日から
春風にしては北寄りの、強い風が吹きつけてきた。風に乗って白いものが舞い、藍星の鼻先に落ちる。
「ちめたっ」
「……雪ですね」
風が暗雲を連れてきて、雪は黄昏を待たずして吹雪になった。
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