第七部《血の毒》に錯乱する
2‐20禍の予言に竹の花咲く
明けきらぬ春の空に
宮廷には
祭壇では宮廷官巫の
あれは
祭壇を取りかこむ
「
「飛べぬ鳥が夜に鳴き、皇帝の御座す地に大いなる禍をもたらすであろう」
奇妙な神託だ。廷臣たちは如何なる暗示かと顔を見あわせる。理解できるのはひとつ、宮廷に
「不吉な」
「飛べぬ鳥とはよもや」
宮廷官巫を信仰する元老たちがざわめいた。
続けて元老たちの視線が
神託がいかなる噂をともなって拡散されていくかは、考えるまでもなかった。
◇
梅はこぼれ、桜が咲き綻ぶ。競うように
だが、花とは咲いてしまえば、あとは潔く散るものだ。早くも風に舞いはじめた桜を眺めて、
「あーあ、あんなに待ち遠しかった春もあっというまに終わっちゃうんですね」
「花ばかりが春というわけではありません。草の春はこれからです」
薬師にとって春は雪を割って草が萌える
「ほら、よもぎですよ」
身をかがめて、
芽ばえたばかりのよもぎの葉は綿のような産毛をまとっていた。朝の露を乗せ、きらめいている。さわやかな緑のにおいがする。胸いっぱいに草の香を吸いこむだけでも心が落ちつく。
「よもぎは乾燥させて、
「だから、この時期によもぎだんごをつくるんですか? 風習というか、先人の教えは理にかなっているんですね」
「よもぎだんごはたっぷりとあんをいれて、さっと揚げてもおいしいんですよ。まわりはさくっ、なかからは熱々のあんがあふれてきて」
「はわわ、ぜひともそれにしましょう。そうときまれば、篭からあふれるくらいに摘みますね」
薬になるのはよもぎばかりではない。
春の野は薬であふれているのだ。
薬草摘みを続けていた藍星が嬉しそうな声をあげた。
「慧玲様、みてください。竹の花が咲いていますよ」
竹の葉の先端から、うす緑がかった花が垂れていた。稲の花に似ている。例えようもないほどに芳醇な香を振りまいていた。妙に惹きつけられる。
「えもいわれぬ香りですね」
「えっ、においは特にしませんけど」
藍星は鼻を寄せたが、まったく感じられないのか、瞬きを繰りかえす。こんなに
「竹は百二十年に一度だけ咲くんですよね。
「そのとおりです。日頃から勉強しているのですね。ただ、風水の影響か、後宮では毎年竹が花をつけてくれるんですよ」
「ええっ、ほんとうですか。知らなかったです」
花というには地味すぎて意識していないと見落としてしまうので、
「左様」
後ろから声をかけられて振りかえれば、
「
慧玲はすぐに袖を掲げ、低頭する。
「
「麒麟の浄域ですか」
慧玲は先帝が処刑された晩に衰弱した麒麟と遭遇している。麒麟は先帝の死とともに息絶え、麒麟の遺骨はなぜか皇后が所持していた。
「そちらは
「そのようなものです」
「
皓梟はめずらしく宦官をひき連れていた。離れたところで皓梟が話を終えるまで待機している。
「左様よ。これより、
「あれ?
「
想いかえせば、慧玲は
「だが、毒師の一族でも踏みこめたのは地下一階まで。しかしながら調査を進め、ついに隠し階段を発掘したのだ。ここからは未踏の領域よ。いかなる遺構が待ちうけているのか。どのような真実が明らかになるのか。ほほっ、年甲斐もなく胸が弾んでおる」
「えっと、
藍星が苦笑すれば、皓梟は
「ふふ、いくつにみえるかや?」
「あ、そういうことを尋ねる御方のご年齢だったら、察しがつきます」
ふたりが賑やかに喋っているあいだ、
この身を侵す毒を喰らう毒は
「麒麟が人の身に
脈絡なく尋ねてしまったが、
「ふむ。聴いたことはない。だが、調査が進めば、そちが欲する真実につながるかもしれぬな」
「その時は是非にご教授たまわりたくお願いいたします」
「ほほ、よかろう。そちは
「有難き御言葉です」
皓梟は宦官たちを連れて、さきに進んでいった。
「でも、そっか。花が咲くってことは実ができるんですね。あ、これ、昨年の実でしょうか」
「どれですか」
覗きこむ。稲や麦の穂に似た実だ。だが、実の一部が黒変して、伸びきっていた。後宮の風水も衰えているせいだろうか。
「これはまずそうですね」
「病変だとすれば、毒になっている危険があります。触れないほうがよさそうですね」
その時だ。
「食医様、こちらにおられましたか」
枯れた笹を踏んで、こちらにむかってきたものがいた。
女官はわずかな曇りもない笑顔でかけ寄ってきた。
「診察をお願いしたいのですが、秋の
「承知いたしました。いつ頃に伺えばよいでしょうか」
緊張感のない声からして、急を要する患者ではないだろう。そう考えたのだが、女官は笑顔を振りまきながら、とんでもないことをいった。
「できれば、いまからだと助かります。昨晩から吐き続けていて、さきほどから泡を吹いておられるくらいなので」
「え」
泡を吹いているとなれば、重症ではないか。緊張感のない女官に戸惑いながら「ただちに」と頭をさげた。
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