2‐17人喰いの華は微笑む
黄昏の光に満ちた
「ふふ、お疲れさま。きちんと務めてくれているみたいね」
「貴方の分まで慌ただしくしていますよ」
鴆がため息まじりに肩を竦めた。
皇帝が崩御して、いまや彼女の威光は後宮に留まらず、宮廷をも統べていた。
だが、この皇后、政務を完璧に放棄しているのである。ついては、皇后がなすべき政務まで、ひそかに
「ふふっ、助かるわ。政のことなんか、
皇后の背後で咲き誇る
季節を違えた夏の花が、
「ごほうびに欲しい物があったら、なんでもいってちょうだいね。まあ、でも、
「海での争いは損ですよ。ほとんどは浪にさらわれて、喰えたもんじゃないでしょう」
「あらあら、それはだめね。がっかりだわ。でも、妾はおなかが減っているの、とても、とてもよ?」
皇后は人を喰らう。
昨年までは戦場に赴いては戦死者の屍を喰らっていた。
皇帝が骨になっていたという例の噂も、皇后が喰らったのではないか、と
「七日後に都の北東の刑場で死刑が執りおこなわれます。旅人を襲っては命を奪い、物を略奪していた賊です。加担していた宿屋もあわせて、百程。全員が
「まあ」
嬉しそうに皇后が微笑した。
「楽しみだわあ」
妄りに争いを勃発させるより、罪人を死刑に処すほうが被害を抑えられる。皇后は別段死にかたにこだわりがあるわけでもない。
「貴方にとっては
鴆がぽつりとつぶやけば、皇后は一瞬だけ瞳を見張ってから、蕩けるように弛めた。
「
「ふふっ、だって、ほんとうにそっくりなんですもの」
鈴の転がるような笑い声が、鴆の神経を逆なでする。
鴆は胸に湧きあがる怨嗟をのみくだすため、ため息を挿んでから、話題を転じた。
「欲しい物はあるかと尋ねましたね。物はありませんが、ひとつ、望みがあります」
「あら、なにかしら。
「
慧玲は身のうちに毒を喰らう毒を飼っている。
その毒は月が満ちるごとに飢えをともなって、彼女を蝕む。毒にたいする飢渇を満たせるのは宮廷の秘たる特殊な毒だけだ。もとは皇帝が慧玲に施していたこの毒は、皇帝の死後、皇后が渡すことになっていた。
「ふふっ、もちろん、いいわよ」
皇后が側におかれていた鈴を振る。すぐに
「例の物を、彼に渡してあげて」
「こちらにございます」
これが宮廷で継承される特殊な毒か。
毒師が調毒しているのか。あるいは造られたものではなく植物などから取れる毒で、
鴆の宮廷で捜しているもうひとつのものが、この毒の素姓だ。
(これを取りこむことができれば、彼女を縛るものをひとつ、取り払ってやれる)
可能なはずだ。鴆はあらゆる毒を喰らい、人毒となったのだから。
「無理よ」
虹を砕いたような瞳が、覗きこんできた。すでに貴宮女官は退室している。
「あなたがなにを考えているのか、
皇后は愚かなこどもをたしなめるように語りかけてきた。
「だって、これは」
言いかけて、彼女はうっそりと唇を
秘するが華、語れば毒というが如く。
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