2‐15次期皇帝の毒
「それが、どうしたのかな」
だが、
「皇帝というのは秤を持たなければならぬものだ。皇帝の秤とは重さではなく、真価を量るものでね。哀しむべくかな、その皿の上では
次期皇帝にふさわしい透徹した眼差しで、
「何千何万の命よりも重い命はある。それを量るのが皇帝の秤だ」
それは言葉どおり、
慧玲という
鴆は言外にそう宣った。
女なんか貢物だ。領海がもらえるならば、安いものじゃないか――あれは侮辱だ。慧玲という姑娘を物として捉えることで、彼女の誇りを踏みにじり、尊厳を貶めている。それにたいする意趣がえしだ。
柔順な微笑を絶やさず、ともすれば小胆だと想われるほどに控えめな態度を取り続けていた
「友好を結ぶのは果たして、どちらのためか。いま一度、考えなおしてはどうかな」
静かな緊張を経て、蜃王が弾けるように嗤いだす。
「は……はははっ、皇帝が崩御して蜃におもねる臆病者になりさがったかとおもっていたが……」
「とんでもない毒をもってやがる」
睨みあいを経て、
「貴公のいうとおりだ。この条約は蜃にこそ利するところがある。食物を安く輸入できるのも助かるが、大陸と友好を結べたことが最大の利だ。貴公のように底の知れぬ男がいるならば、よけいにな」
だが、これを是としなかったものがいた。
「畏れながら、陛下」
蜃の側近だ。彼らは一様に憤慨して、割りこんできた。
「領海条約は結ぶべきではありません」
「これだけ侮られて、
「はあ、おまえらは、なにをみてたんだ」
蜃王はあきれて髪を掻きあげつつ、ため息をついた。
「
彼は恥じるように眉根をゆがめて、頭を振る。首飾りが喧しくぶつかりあった。
「それに――外政においてはどこまで譲るかではなく、なにを譲らないか、が
鴆は敢えて退かずに争いも辞さないとすることで、条約を結べば堅し、とも表したのだ。青竹のように風をまつろわせながら、嵐にも臆さぬさまをみせつけた。いまだって鴆は微笑するだけで、蜃王と側近たちの会話に触れることはない。
「剋は今後、
蜃王が倒れた杯を掲げる。
すかさず、慧玲は新たな葡萄酒をそそいだ。真紅の血を想わせる酒が、とぷりと満ちる。
「この時をもって、条約は結ばれた。
…………
この晩の宴は朝まで続き、歌や舞が披露されて、蜃との協約が奏功したことを宮廷の端々にいたるまで知らしめることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます