2‐8家政婦、ならぬ女官藍星はみた

 なんか、たいへんなところをみてしまった――


 ミン藍星ランシンは震撼としていた。

 板藍根茶バンランコンチャの配達を終えて女官の宿舎しゅくしゃに帰るつもりだったのだが、冬宮とうぐうの女官から診察の依頼を請け、慧玲フェイリンを捜していた。時刻から考えれば、慧玲も春の宮から離舎に帰還するところではないかと考え、裏廊うらかいろうにむかった。


 想ったとおり、慧玲フェイリンがいた。


 そこまではよかったのだ。

 されど、その場にいたのは、彼女だけではなかった。


 腰に掛かるほどの髪をひとつに結わえ、紫絹しけんを身に帯びた貴公子。絶えず微笑を湛えているのに、何処となく不穏な凄みのある――


(あれって確か、ヂェン皇太子こうたいし様じゃ……)


 鴆はあろうことか、慧玲にかけ寄り、華奢な肩を抱き締めたのだ。


「!」


 藍星ランシンは咄嗟に廻廊の角に隠れた。

 胸が破れそうなほどに脈うつ。


(はわわわっ、こっ、これは逢引というあれでは!?)


 まさか、そんな。


 意外を通り越して、ひっくりかえりそうになった。

 藍星ランシンが知るかぎり、慧玲フェイリンというひとは薬ひと筋で、恋愛なんかする暇があればせみ抜殻ぬけがらを集めているほうが、よっぽど役にたつといわんばかりだった。


 そんな彼女が、男と逢瀬。


 今晩は雪どころか、槍が降るのではないだろうか。


 だが、考えてみれば、彼女だって年頃の姑娘むすめなのだ。

 恋に落ちることもあるだろう。

 藍星は、敬愛する慧玲の恋愛ならば、全身全霊をもって応援したい。成就させてあげたい。その想いに嘘はなかった。


(ううっ、でも、なんでよりによって)


 身分のある方にこんなことをいってはならないのだが――あれは、ぜったいにろくな男ではない。


 なにがどう、というわけではないが、藍星の勘が報せている。


 鴆の側にいるだけで奇妙な悪寒がするのだ。

 昨冬、毒蜈蚣どくむかでまれたときの痺れるような寒気とも似ている。あんなに毒々しい男が、慧玲フェイリン様のことを幸せにできるはずがない。


(慧玲様、まさか騙されてたりして)


 ばれないように再度、そろりと覗く。


 ふたりはすでに離れていた。

 だが、不運にもヂェンと眼があう。


(やばっ――)


 鴆はなにを考えたのか、微笑みかけてきた。

 唇にあてられた人差し指は妙な艶めかしさを漂わせているのに、「誰にも喋るなよ」という威圧感をともなっていた。


 藍星は縮みあがる。悲鳴をあげないよう、慌てて口を塞いでから、脱兎のように逃げだした。


「~~~~!」


 ごめんなさい、慧玲様。


 藍星の声にならない声が、暮れかけた春の雲間に吸いこまれていった。

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