87「私は毒を絶つ」
「なにか、あったのね。貴女がそんなふうに落ちこむなんて」
杯に黄金の茶がそそがれて、
久しかた振りに呼吸をしたような心地だった。
何を話すべきかと考えて、言葉にできるものがひとつもないことに後ろめたさを感じる。それを察したのか、
「無理に話せとは言わないわ。隠すのは華の
慧玲は唇をかんでは解き、細やかな弱音をひとつこぼした。
「……どうするべきなのか、解らなくなってしまって」
「どうするべきか、ねえ」
「貴女はどうしたいのかしら」
考えたこともなかった問い掛けに
「私は、幼い頃から華であれといわれ続けて、その言葉に縛られてきたけれど、華でいたくないと望んだことはないのよ」
舞うように
「
「左様です。女は書など読めずともよいというのが、家人の考えでしたから。お兄様は非常に億劫そうでしたが、私は……うらやましかった。今は
「貴女は偉いわねぇ。私なんか読んでいるだけでも眠くなるもの」
「私は舞が好きだもの。舞い踊る私は、麗しいでしょう?」
雪梅嬪は凛と胸を張った。
「でも、華はかならず、冬を迎えるものよ。だからこそ、冬に散っても愛するといってくれる御方がいれば、また春に咲き誇れるものなの」
雪梅嬪にとっては、それが
彼女は愛される華だが、愛する華でもある。たったひとりの男を。産まれたばかりの命を。そして舞を。
彼女は愛している。
「……眩しい」
慧玲は感嘆して霜のような
「あら、そうかしら。薬である貴女は季節を違えて一輪だけ咲き続ける華みたいで、傷ましい時もあるけれど――とても、誇らかよ」
誇らかという言葉が、しんと胸に落ちてきた。
「私は貴女に二度命を助けられたわ。貴女がいなかったら、
「仰るとおりです。あの時、
慧玲は彼女らのことを助けたとは想っていなかった。為すべきを為しただけだ。
「貴女は、誇るべきよ。誰かに敷かれた道だったとしても、貴女自身が歩いてきたことに違いはないもの」
けれども、彼女らが今、微笑みかけてくれることがどれほど重いか。
助けることは、助けられることだとおもった。
雪梅嬪の言葉をかみ締めて、慧玲は張りつめていた緑の瞳を微かに緩める。
(何処までいっても、私は、薬なのね。梅の
先帝はかつて宣った。
毒を喰らいて、薬と為せ。毒を
だが先帝は誓いを破り、
毒は薬に転ず。
だが薬として律することができなければ、毒は毒だ。
これまで慧玲は、
(なればこそ私は毒を絶つ――処刑されるはずだった命を賜った時、そう誓った。皇帝陛下ではなく、母様や父様にでもなく)
惑いを絶つ。
緑の瞳がすうと透きとおった。月にある静かの海のように。
「ありがとうございます。雪梅嬪の御言葉で霧が晴れました」
「あら、それはよかった」
雪梅嬪が
慧玲は雪梅嬪の宮を後にする。
「今朝がた、例の
ついにこの時がきた。
孔雀の
「承知いたしました。すぐに参ります」
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