95 白澤の薬の極致
「
皇帝の角は、すでに天を貫くほどだった。
頭痛に苛まれてふらつきながら、皇帝は力を振りしぼるように食膳にむかう。薬は
まわりには高官、医官がそろい、
「蓋を」
皇帝は痛みに歯を食い縛りながら、
「大変に恐縮ですが、陛下に御取り願いたく」
「……ふむ」
皇帝は不承ながら、蓋を取った。
弾ける、というのではなく春峰から霞がたなびくような風情で、芳香が拡がる。香は鼻腔を通り抜け、緩やかに意識そのものを満たす。
見張られた皇帝の瞳に豊かなる天地と海が映る。
青天には雲ながれ、海は
鳩は雲とたわむれながら遠ざかり、麗しき錦の
森羅万象は
「
皇帝はかみ締めるようにつぶやいてから、あらためて壷のなかを覗いた。
眉根を寄せ、皇帝が静かに問い質す。
「薬どころか、何も入っておらぬではないか」
「どうか、匙を御持ちください」
皇帝は疑いながら、匙を壷に挿しいれた。
とぷ、と微かだが壷のなかで水が動き、確かに匙ですくいあげることができた。だが匙に乗せてなお、瞳には映らない。
「……重いな」
皇帝は匙に口を寄せた。
舌の先端に触れたのがさきか、旨みが弾ける。
ふくよかな穀物のあまみ。海の塩を含んだ魚介の程よい潮のにおい。弾けてあふれるような脂。芳醇なる茸の旨み。
熊の掌から龍骨、希少な茸、果ては動物の
だが、この薬は総ての旨みが
「なぜだ。なぜ、こうも穏やかなのだ」
「畏れながら」
慧玲が低頭する。
「豹は鹿を喰らいます。
「……そうか」
皇帝は含むように薬を飲み、ひと筋の涙をこぼす。
「これが調和というものか」
角が砕けた。
ぼろぼろと、乾いた
黄昏の紅に燃える陽が
土の毒は、絶たれたのだ。
「
皇帝があらためて慧玲とむかいあった。
「刑を一時取りさげたあの時から、一年あまりが経った。そなたはひと度も毒と転ずることなく、薬であり続けた」
春夏秋冬。其々の季節に事件があった。
春は
「よって、蔡 慧玲を無罪とする――」
慧玲は望外の歓喜に言葉を絶して、静かに額をつけた。
彼女の頚に絡みついていた死刑の縄が、今この時、完全に絶たれたのだ。
…………
斯くして、宮廷に新春がきた。
だがその晩を境に、今度は
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毎度後宮食医の薬膳帖をご愛読いただき、ありがとうございます。
ひとまず、ここで第五部の前編の連載を終了とさせていただきます。後編の連載は四月初旬からとなります。
ちょっとだけ休憩して、またすぐに連載を再開いたしますので、フォローは外さずに今後とも応援いただければ幸いです。
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また、書籍化作業も順調に進んでおります。
最高のかたちで読者様の本棚に御届けできるよう、努めて参ります!
余談ではありますが、現在「カクヨム」にて「後宮の女官占い師はウラを糾って謎を解く~行動心理の分析は推理に入りますか?」という同ジャンルの小説を投稿致しております。「後宮食医の薬膳帖」を御愛読くださっている読者様であれば、こちらもきっと楽しんでいただけることとおもいます。
宜しければ、「後宮食医の薬膳帖」連載再開までの期間にこちらも覗いていただければ嬉しいです。
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