89 毒師と薬師は殺し愛う
あれから、どれくらい時が経ったのか。
(
牢屋というには
宮廷の鴆の房室でないのは確かだが、微かに
「起きていたのか」
房室にきたばかりの
「ちょうどよかった。ほら、食べなよ」
盆には綺麗にきり分けられた桃が乗せられている。竹楊枝で刺して、
「旨いか」
「そうね、よく熟している」
またひとつ、桃を差しだされる。
戸惑いながらも諦めて果実を頬張れば、彼は嬉しそうに頭をなでてくれた。餌づけでもされている気分だ。
「私を殺さないの」
「へえ、あんたは殺されたいのか」
「……廃されたとはいえ、私だっておまえの一族を滅ぼした
「僕は貴女のことを
他愛もなく言われた言葉がなぜか、心揺さぶる。
そうだった。彼は逢ったときから
「貴女こそ、僕を怨むべきだ」
鴆は慧玲の解かれた髪を梳いた。
「先帝が壊れたのは僕が産まれたせいだ。僕は貴女から総てを奪った毒そのものだよ」
慧玲は一瞬だけ、視線を彷徨わせたが、ため息をつきながらいった。
「そういうことは、それなりに後悔をもっていうものよ」
彼には、後悔というものがなかった。
彼はただ毒と産まれ、毒となっただけだ。
毒すものは毒される。ゆえにいつかは裁かれるべきだという意識はあっても、後悔には結びつかない。
「貴女にだったら、復讐されても構わないのに」
微かだが、鐘が聴こえてきた。鴆が面倒そうに瞳を細める。
「僕はいくけれど、貴女は好きにしていてくれ。今度、暇を潰せそうな書でも取り寄せてあげるよ」
鴆は枷をはずしてくれた。かわりに扉が外側から施錠される。鉄格子の窓がついた重厚な扉だ。とてもではないが、壊せそうにはない。
「いつまで続けるつもりなの」
「そうだね。ひとまずは、皇帝が息絶えるまでかな」
それほど時間は掛からないだろうと
(
鴆が置きわすれていった
まだ燃えていない葉を食んでみる。微かな苦みと芳香が拡がった。
(これは……そうか。だから
だから、ここも誰かが捜せるような場所ではないのだろう。
叫び続けても、誰かに声が聴こえる望みはないだろう。
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