72 化蛇の毒
「助けてください! どうか……」
「お願いです、
「
李紗妃は
細い背には気絶した宦官――
「まずはあがってください」
慧玲は一緒に彼を抱きかかえて、
(硫黄と水銀と……まさか)
悪い予感がした。
(いや、よけいなことは考えるな。彼は患者だ)
ひとまず
蛇にかまれた傷が脚と腕にかけて散らばっている。重ねて肌には鉤爪で掻かれたような線状の
毒紋が胸を侵せば、死だ。
「襲われた、といいましたが、どういった状況でしたか」
「わかりません。眠っていたら彼の房室から物音がして、何事だろうかと訪ねていったら、急に彼が飛びだしてきたんです。暗かったのでよくみえませんでしたが、矢のようなものが彼に刺さったような感じがしました。ですが、あらためて確かめたら彼の身にはもちろん、房室にも矢はひとつも落ちていなくて。あ、でも、かわりにこれが……」
李紗妃はある物を差しだしてきた。慧玲は瞳を見張る。
「
玉佩とは高貴な役職につく者が身に佩びる装身具である。剋では身分証のような物としてもつかわれていた。渡された玉佩は
「なぜ、こんなものが落ちていたのか、わたくしにも理解できません。麒麟は帝族の身分を表すものでは」
「憶測で語るのは危険です。
李紗妃は震えながらひとつ、頷いた。
今は毒の解明が優先だ。
矢のように飛び、痕跡を残さない毒――白澤の書が頭のなかで嵐のように捲れ、言葉が乱舞する。蛇、蟲、生物の毒の項を過ぎて、人が造った毒の項に。
慧玲が息をのむ。
「間違いありません、これは
化蛇とは毒師が造りだした殺すための
だが毒師から僅かでも離れると消滅するため、遠隔ではつかえず、重ねて化蛇は月と日を怖がるので動かせる時も限られる。つかいこなすのはきわめて難しい。
化蛇の毒の廻りは速い。証拠を残さない毒物と記録されるとおり、被毒者が絶命すると毒紋もまた消滅する。残されるのは小さな牙の跡だけだ。春の宮から離舎までの距離を考えても、
「彼は、助かりますよね。助けてくださるのでしたら、なんでもいたします……だからどうか、お願い……」
李紗が涙ながらに訴える。
哀れだ。すぐにでも助けなければ、と考える理性とは裏腹に、慧玲の感情は凍てついていた。
「……彼は、毒師ですね」
「っ……」
李紗があからさまに動揺する。
「雪梅嬪が昨晩、毒を盛られました。特殊な毒です。毒師にしか調毒できないものです」
努めて冷静に喋りながら、胸のなかでは沸々と湧きたつものがあった。
(李紗が雪梅嬪を毒したのだ)
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