65 根の深い木
季節を
冬の水晶宮はさながら
「毒は滞りなく。春には命を落とすでしょう」
「そう、よかったわ。お疲れさま」
皇后つきの風水師など、建前でしかない。
今や鴆は宮廷つきの毒師として暗躍を続けていた。
時々戦線に赴き、風水を騙って策謀を張り巡らせる。この頃は
避けようと働きかければ避けられる衝突や侵攻もあるのに、皇帝は敢えて牽制することなく、受けいれている節があった。
(皇帝は戦をしたがっている? いや、それにしては規模が小さすぎる)
小競りあいでも戦争は戦争だ。雑兵は命を落とす。敵味方を問わず、だ。こんな争いに何の利があるのか。
(皇后も皇后だ。何を考えている? 僕を御しきれるつもりか。他に考えがあるのか。そもそも、皇后は僕の素姓を何処まで知っている?)
「ねえ、あなた」
鈴のような声に鴆は一度、思索から意識をひきあげる。
鴆はこの瞳が嫌いだ。
異様だ。壊れているのか。或いは人に非ざる
「あなたの系譜は《
「左様ですが、それがなにか」
「
可哀想に、と
「先帝は毒を嫌っておられたけれど……いくらなんでも、火をつけて焼きはらうのは酷いわよね」
「……何が言いたい」
咄嗟に声が低くなる。
かの一族は確かに、先帝の裏切りによって滅ぼされた。
先帝は毒師の一族と縁を絶つとき、毒が持ちだされて他を害すことのないよう、一族の隠れ里ごと焼いたという。生き残ったのは鴆の母親ただひとりだった。鴆が産まれたのはその二年後だったが、母親から繰りかえし語られたその光景は現実に経験するよりも凄惨に網膜に焼きつき、骨髄に達するほどに深い根を張っていた。
「ふふ、怖い顔をしないで。……だからね、なにを知られているんだろうとか、考えなくてもいいのよ。
でも構わないのよと彼女は睫毛をふせた。
「
どんな
だが、だからこそ解る。
皇后が欲しているものは鴆ではなく、もっと他にあると。
「食べ損なったものがあるのよ。妾はそれがとても、食べたいの。他の物では満たせないくらいに。とてもとても、とても……ね」
ちろりと唇を舐めて、欣華皇后は笑った。
「貴方はいったい」
「奇麗な蝶ね、あなたのおつかいかしら」
「どうでしょうね」
鴆は敢えてはぐらかした。彼女にはこれ以上は何ひとつも情報を渡すつもりはない。
「まあ、内緒なのねぇ、ふふふ」
皇后は気分を害した様子もなく、微笑をこぼす。
彼女は喋りながら真冬でも咲き続ける薄紅の
もぎ砕かれていく月季花から視線を逸らせば、皇后は気づき、
「華はね、摘まれるために咲くのよ」
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