63 水の毒は巧克力で弾ける
月に叢雲、花に風という言葉を聞く度に
寒さは落ちついてきたようだが、猛毒に蝕まれていることに変わりはない。だが彼女は慧玲に視線をむけ、紅唇を咲かせて微笑んだ。
「できたのね」
「調いました。
慧玲は盆ではなく鍋敷きに載せて、薬を運んできた。
盃の
「そう、おいしそうね。……
腕のない
小鈴はまだ震えていたが、頷いて薬にゆっくりと匙をいれた。暗雲みたいな生地がさくっふわりと割れて熱々の蜜が溢れだす。
雪梅嬪は息をふきかけてから、それを口に運ぶ。舌に乗せた途端に強張っていた頬がゆるくほどけた。
「なんて、あまいのかしら。こころまでとろけてしまいそうだわ。あなたの薬は……こんな時でさえ美味なのね」
「だからこその薬です」
「ふふ、そうだったわね。小鈴、もっとちょうだい」
加えて、焼きあがったときに振りかけたのは砂糖ではなく――土だった。
(ただし、
(残るは木毒と金毒だ)
匙が差しいれられた瞬間、芳烈な香が弾けだす。
(きた)
底に隠された《毒》だ。
嗅いだ者を
匙を口に運んだ
「からい……喉まで燃えそうだわ! でも……なぜかしら、ここまでが余興だったのかと想うくらいにおいしい! いったい、なにが隠してあったの」
「
「ごちそうさまでした」
薬を食べ終わり、小鈴が匙をおいたのがさきか。
女官たちは悲鳴をあげたが、雪梅嬪は眉の端ひとつ動かさずに微笑み続ける。
それは慧玲にたいする信頼の証だった。
水の雫が舞い散って華となす。大輪の
やがて水の乱舞が静まったとき、雪梅嬪の腕は元通りになっていた。
「
雪梅嬪は腕を伸ばして、慧玲を思いきり抱き寄せた。雪梅嬪の柔らかな胸に埋もれ、慧玲は戸惑いながらも視線をあげる。
「貴女にまた、命を助けてもらったわね」
微笑みかける雪梅嬪からは、どんな
(ああ、これが母様のにおいなのね)
記憶にあるかぎり、
その時だ。
「っ……あ、お腹が締めつけられて……」
「は、破水が……ただちに産婆をつれて参ります!」
解毒の喜びも程々に、雪梅嬪が胎をおさえて喘ぎだす。女官が慌てて吹雪のなか、飛びだしていった。臨月になってから、念のため春の宮に産婆を置いていたため、間もなく駈けつけてくれた。
慧玲は頭をさげて退室しようとしたが、雪梅嬪はその袖を握り締め、離そうとしなかった。
「貴女もここにいて」
「……承知致しました。無事に
「だいじょうぶよね。きっと健やかに産まれるわよね」
「ご心配にはおよびません。雪梅嬪の
医師とはいえどお産の知識がない
雪は知らぬうちにやんで、梅を模った飾り格子の窓から朝の光が差す。やがて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます