59 華の舞姫に水の毒
日が落ちて
昨日診察したときは、母子ともに異常はなかったはずだ。
(毒? それとも)
「
戸をあけた途端に異様な熱が
そのなかで
「雪梅嬪、
雪梅嬪はその言葉に安堵したのか、紅の落ちた青い唇を綻ばせる。
「きて、くれたのね」
「雪梅嬪……いったい、なにが」
慧玲は
「
濡れそぼった
「これは……」
雪梅嬪のたおやかな腕が、なかった。
正確には、腕が透きとおり滝のように
言葉を絶するほどに麗しかった。
だからこそ惨たらしい。
「っ……失礼致します」
慧玲が雪梅嬪の下腹に触れる。まるく膨らんだ胎のなかでは確かに命が動いている。よかった。だがこれだけ身が凍えていては、御子にも障りかねなかった。堕胎を試みるものがわざと凍える水に浸かるが、今の状態はそれと変わらない。
「毒を解いて。助けてちょうだい、
春のときみたいに。
「かならず、お助けいたします」
誓うように言葉にする。
(水の毒……だろうか。けれどもいったい、なぜ)
雪梅嬪を蝕んでいるのはあきらかに毒疫だ。だがいつ、何処で地毒に障れたのか。
(地毒は故意には盛れない、というのは火の毒の時に覆された。けれども雪梅嬪は、他人から貰ったものを身につけたり、毒味をさせずに食事を取ったりはしていなかった)
胎にいるのは自身の
(腕にだけ、毒がまわっているのも妙だ。触れたものから毒を受けたとか? でも彼女だけが触れて、女官がぜったいに触れないものなんかあるだろうか)
いずれにしてもだ。
昨日は毒に蝕まれてなどいなかった。発症するまでに時間の掛かる毒だとしても、白澤の叡智を継いだ慧玲には診察すれば解る。つまり毒を触れたのは昨日の晩から今朝までの期間だ。
「こんなふうになったのはいつからですか」
「ついさきほどです」
「御子の為にも庭に散歩に出掛けられていて。雪が舞ってきたので、帰ろうと庭から房室にむかっていたとき、雪梅様が寒いと震えだされて……腕が」
「雪梅様は、助かるんですよね」
「御子はどうなるんですか」
女官たちは縋るように問いかけてきた。
「雪梅嬪には御恩があります……どうか、助けてください」
慧玲の知らない女官だが、懸命に頭をさげ、懇願してきた。
こういってはなんだが、雪梅嬪は後宮ではそれなりに嫌われている。舞の巧みさといい、皇帝に寵を享けていることといい、妬まれる要素も充分だが、重ねて彼女自身の気質の激しさもわざわいし、悪い噂が絶えない。だが女官たちからはきちんと理解され、慕われているようだ。
「かならず毒は解けます。ですから協力をお願い致します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます