57 可乐とひと匙のやさしさ
「集めましたけど……松の葉なんて、どうするんですか」
慧玲はまず松の葉を洗い、砂糖、水とあわせて
「これぞ漢方薬! ってかんじですね」
「煮だした生薬のうち、
「
「それが意外に、さわやかな風味になるんですよ」
今調薬しているのは遠い異境で造られた漢方薬で、もともとは
しばらく経つと発酵が進み、松の葉に細かな泡がつき始めた。頃あいをみて、松の葉をひきあげ、さきほど煮だした漢方とあわせる。
琥珀を融かしたような色の飲み薬ができた。
「調いました」
「わあ、なんだか、しゅわしゅわいってますね」
藍星が物珍しそうに
「さてと、後は薬を運ぶだけなのですが」
慧玲が気遣っているのを感じたのか、藍星が言い難そうにいう。
「実はあの風水師様がどうにもだめで」
「だめ、というと……」
藍星がくわっと瞳を見張った。
「ぞわぞわああぁってなるんですよ! こう……
「えっと、……ご愁傷さまです」
掛けるべき言葉がなかった。
(
鴆が飼っている
「わかりました。薬は私が運びますね」
黄昏がせまり、霙が舞いはじめた。
今晩は寒くなりそうだ。酔いつぶれた妃妾たちが凍死する危険もある。急がなくては。
そうはいっても重い甕を担いで冬の宮にむかい、さらに二百段もの階段をあがるのは想像を絶するほどにきつかった。息をきらしながらなんとか階段をあがりきった慧玲は、妃妾や宦官たちに薬を飲ませてまわった。酔って思考がとろけている妃妾たちは渡された杯を喜んで飲みほす。
「……あら」
意識を取りもどした妃妾が瞬きをする。
「いったい、私はなにを……いやああああっ」
酔いから醒めた妃妾たちは一様に悲鳴をあげた。
取りかえしのつかない醜態を晒したことに錯乱して、或いは襲われたと勘違いしたのか、側にいた宦官を殴りだすものまでいた。
「あなた!
妃妾たちはかみつくように振りかえって、慧玲を睨みつけた。
「私達を陥れようったってそうはいかないんですからね!」
「このこと、誰かに言ったら死刑にしてやるから! おぼえてなさいよ!」
散々な言い様だ。もはや恐喝ではないか。
(うわあ、……逆怨みも甚だしい)
胸のなかで毒づいたが、表ではおとなしく頭をさげた。
「御安心を。他言は致しません」
妃妾たちは
すっかりと誰もいなくなってから、慧玲は重いため息をついた。結局は一度も旨いとも言われなかった飲み薬を片づけようとしたときだ。
桜の
花が散るという趣きではなく
「終わったよ」
名残の花吹雪を潜って、鴆が
桜の幹を中心に据え、
「ねえ、それ」
鴆は髪についた紅の
「僕にはくれないのか」
慧玲は毒気を抜かれたが、すぐに杯にそそいで飲み薬を差しだす。
「酒でもないのか」
「異境では、
琥珀を煮つめたような
「これはめずらしいね。喉で弾ける飲み物というのはこれまで飲んだことがないな。松の葉を発酵させたのか」
「松は最強の
発酵させた飲み物だけではなく、松葉を乾燥させて煎じる茶もまた優れた効能があり、二日酔いに最適な薬となる。
「ほろ苦いが、ふうん、旨いね」
彼はふっと微笑んだ。
瞳が紫水晶のように瞬く。悪意も害意もない
(なんでそんなふうに愛しいものをみるように微笑むの)
妃嬪たちに振りまいている愛想笑いとも明らかに違っている。慧玲は今後こそ戸惑い、想わず視線を逸らす。頬がなぜか熱かった。
(毒にあてられたわけでもないだろうに)
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