31 火刑と毒の雨
「
後宮の
表で裁くわけにはいかない
先帝は後に、こことは別の宮廷の刑場で死刑に処された。だが姑娘である慧玲は、他でもないここに連れてこられた。
(だから、ここには近づきたくなかったのに)
息をきらして駈けこんできた慧玲をみて、
「陛下が御決めになられたことだ。食医如きが異を唱えるなど……」
「食医であるが故に、申しあげるのです!」
かといって慧玲は、依依を減刑を望んでいるわけではない。
「火の毒に侵され、身のうちから燃えあがるのならばいい。ですが火の毒に侵された者に外側から火を放てば、爆発し、毒の煙があがりかねません」
「なんだと?」
「だが、今更、処刑を取り辞めるなど……」
これには、官吏たちも動揺をあらわにした。
「刑を取りさげる必要はありません。一度診察させてくださるだけで」
そのときだ。処刑の開始を報せる鐘が鳴り響いた。
藁や薪が燃える悪臭が漂いはじめる。
慧玲は官吏たちでは埒があかないと、刑場に駈けこむ。刑場には火刑を見物しようとする妃妾や宦官が集まっていた。
(いつの時代も娯楽に飢えたものは処刑すら娯楽にする……なんて嘆かわしい)
強引に人垣を掻きわけながら慧玲は声を張りあげて、火刑の中止を訴える。やがて人の壁を乗り越えたとき、間にあわなかったことを知った。
磔にされた依依は燃えさかる火に喰われながら、弾けるように嗤いだした。恐怖で壊れたのかと観衆は眉を顰めた。
「ふふッ、あははははッ……――――許さない」
嗤い続けた後に落とされたのは、凍えるほどの怨嗟に満ちた声だった。
騒いでいた群衆がぞっと竦み、静まりかえる。火よりも遥かに強い怨みの焔が依依のなかで滾っていた。
「燃やされたものが燃やして、なにが悪い!」
吼えるように彼女は叫喚した。
「
渇ききった瞳を剥き、唾を散らして、依依は呪詛を振りまく。
その凄絶な様に身が竦んで、慧玲は動けなくなった。
「許すものか!
だから、異様な煙があがり始めたことに気づくのが
「
依依の頭が、弾けた。
頭だけではなかった。その身は
誰もが事態を把握できず、呆然となっている。
ほつと、雫が落ちてきた。
雨垂れを弾いた木の葉がじゅっと燃える。
「いけない! 軒に隠れて!」
我にかえった慧玲が叫んだのがさきか、雨が降りだす。
いっせいに悲鳴があがる。処刑を観にきていた妃妾や宦官、処刑に携わる
「いやあっ、なによ、これ」
「あああああっ、うそよ! こんな!」
雨に濡れたそばから、肌が焼けただれる。
まさに《
妃妾たちは我さきにと逃げ惑い、あるいは激痛に倒れこみ動くこともできないものもいた。慧玲は
焼けこげて穴だらけになった
焼けただれた妃妾たちが地でのたうちまわっている。
(怨みの毒は、これほどまでに……むごいものなのか)
ほんとうにこれを喰らいつくすことができるのか。なにもかも奪われた、といった依依の言葉に胸を掻きむしられる、こんな脆さで――慧玲は血潮がにじむまで、強く唇をかみ締めて。
「いま、助けます」
敢えて、毒の雨のなかに身を投じる。
「つかまってください」
まだ助けられるものは助けなければ。気絶しかけていた妃妾の腕をつかみ、肩を貸して軒まで運ぶ。肌の燃える激痛が、毒に痺れた頭を醒ましてくれた。
(私は、薬だ――毒じゃない。毒には喰われない)
今、彼女に助けられるものはわずかだとしても、薬とはどんなかたちであれ、人を助くためにあるのだから。雲が散って雨が降りやむまで、慧玲は毒の嵐のなかを駈け続けた。
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