29 毒を盛ったのは昊族
山脈の部族は風を聴けば、先の事が解るという。
坤族はそれを地の
いまは遠き故郷のことか。あるいは叶わなかった理想のことか。
「
「食医か」
振りかえった
「これは、あなたのものですね」
鳥篭のなかで
「皇后様が毒を盛られました。その毒と同様の物が
「そんな! なにかの間違いじゃないのか」
凬が信じたくないとばかりに声を荒げた。
「そいつは確かに
「
追いつめられた依依が泣き崩れた。
「そ……そう、です……わたしが皇后様に毒を盛りました」
慧玲は静かな眼差しで彼女をみる。
「いっ、一族を殺した皇帝と皇后に復讐をしたくて……っみんな、燃やされて……許せなかった。どんな処罰でも受けます……だから」
ひきつけるように嗚咽をこぼしながら、依依は罪を認めた。凬がなにかを言いたげに唇をわななかせ、哀しげに視線を逸らす。
だが慧玲は頭を真横に振った。
「毒を盛ったのは
これには
「まずひとつ、馬や
だが、だとすれば、妙なところがある。狗の誤食事件だ。
「
ひと呼吸をおいて、慧玲はあらためて続けた。
「でも、それだけならば、ここまでは疑いませんでした」
慧玲は自身の耳を指す。
「依依様の耳に傷がありました。私は幼い頃、坤族の集落に留まり、その風習について教えてもらいました。坤族は産まれたときに耳たぶに穴をあけ、
依依はしどろもどろになりながら、懸命に弁明する。
「違います。誤解です。これは、凬様にそろいの耳飾りをしたいと、ただそれだけで……た、確かにわたしの髪は……昊族にしては、暗いかも、しれませんが……でも」
「最後に」
退路を絶つように慧玲が遮った。
「
「凬妃。あなたが、昊族ですね」
「依依のことは相解った。けれど私は紛れもなく、坤族だよ」
「
依依の悲鳴は盛大な水音にのまれた。
水しぶきをあげ、凬妃は息も絶え絶えに浮きあがる。
「なにをする!」
「ああ、やっぱり、落ちましたね」
濡れた髪から滴る雫は黒かった。色落ちした髪は燃えるように赤い。
「
「髪なんてどうにでもなるんです。ですが貴方がたの部族は、髪の違いにこだわってきた。黒髪は
腕を差し延べて、凬妃を橋にひきあげた。凬妃は
「そうだよ。アタシは――
「もとから、おまえさんに罪をかぶせて身替わりにするなんて、いやだった。アタシが昊族だと知られてしまったのなら、好都合さ」
「そんな……わたしは凬様のためならば、いつだって命を捧げます」
罪を被って死刑に処されることもいとわないと彼女は叫んだ。
「こんな髪に産まれついて、わたしはずっと、坤族に疎まれてきました。醜い髪だと。かといって、昊族の集落にいくこともできず。でも凬様だけが、わたしの髪を褒めてくれた! 御恩に報いられるのならば、なんでもします」
依依は坤族と昊族のあいだに産まれた
「そうだ。ふたつの民族が等しく理解しあえるときが訪れると、アタシは想っていた」
だが、その望みは絶たれたのだ。
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