27 皇帝と皇后の睦言

 貴宮の房室へやから、か細く囁きかけるような歌が聴こえてきた。

 欣華シンファ皇后は火の毒に焼かれながら、遠ざかる意識を繋ぎとめるように歌を口遊くちずさんでいた。とても古い歌だ。


「……欣華シンファ


 灼熱の房室に訪れたものがあった。

 豪奢なにしき冕服べんぷくを纏っている。皇帝だ。彼は白髪のまざった頭を項垂れ、皇后のすぐ側で膝をついた。横たわる皇后にむかって腕を差しのべる。


「ああ、まことに燃えているのか……なんということだ」

「……触れるのはおやめ」


 皇后が歌をやめて、視線をあげた。


「皇帝が指に傷をつけては、だめよ。あなたがやけどをしても、この毒は、どうにもならないのだから」


 皇帝と接するにふさわしい言葉遣いではなかった。だが、それゆえか、言葉の響きは柔らかかった。


「すまぬ、欣華……そなたを護ることができず」


 皇后は皇帝をみて、愛おしむように瞳を細めた。


「だいじょうぶよ、すぐに解毒できるわ。あの姑娘は毒を喰らう。鳳凰ほうおう宿やどりだもの。ふふ……わたしのいうとおり、蔡 慧玲を処刑せずにおいてよかったわねえ」


 細い声で歌の続きを紡ぐように皇后はいった。


「彼女は竹の実のようなものよ。でもまだ熟すには毒が足らない。あなたが彼女に渡してあげている毒だけでは、ね」


 透きとおるような瞳に老いた皇帝の姿が映る。皇帝は震える声でいった。ともすれば、すがりつくように。


「そなたのごんはすべてが神託だ。なにもかも、そなたが望むようにしよう。あの姑娘むすめが欲しいのならば、いつでもそなたに差しだそう。だからどうか、吾の側にいてくれ」


「ええ、側にいるわ。わたしを毒から護れなかったことも……ふふっ、許してあげる。妾だけが、あなたを許すの……妾だけよ」


 後宮の頂に咲き誇る華は、微笑をこぼす。燃えさかる毒に侵されているとは想えないほど穏やかに。等しく慈愛を施すように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る