26 火の熾りを解く
夏の朝は青い。
宵の帳が緩く
調査を終え、宮廷風水師たちはそろって、頭を横に振る。
「調査したかぎりでは、東西南北いずれの風水にも綻びはございませんでした。この土地で
「七日前に陛下がお渡りになられただけです。よもや
女官たちがいきりたつ。
妃嬪や宦官は皇后陛下の許可がなければ貴宮には渡れない。空でも飛べないかぎり。毒を盛れるとすれば女官だけということになる。
続けて、女官たちの視線は後ろにひかえていた
唇をひき結んでから、慧玲は苦々しく声をしぼりだした。
「こちらも成果はございませんでした」
皇后はなぜ、毒に侵されたのか。
毒のもとを解くため、皇后の身のまわりを調べさせてほしいといったとき、女官たちは慧玲をいっせいに責めたてた。貴き皇后陛下の私物を、渾沌の姑娘などに触れさせることはできないと。
女官たちを窘めたのは他ならぬ皇后だった。
「
だが皇后の厚意もむなしく、成果はあがらなかった。
「皇后陛下が日頃から身につけておられる
食事には毒味係がついているため、毒を盛られたという線はない。
そもそも皇后の身を侵している毒は、あきらかに
「っ、役にたたず! 恥を知りなさい。いま、このときにも皇后さまは御苦しみになられているというのに!」
女官が涙ぐみながら声を荒げた。
(そもそも毒を捜してもいないひとにいわれたくはないのだけど)
慧玲は感情を剥きだしにして喚き散らす女官をみていられず、天窓に視線を動かす。青くなった
「風水には東西南北のみならず」
なおも叫ぶ女官を遮って、
「天、地がございます。……まずは
慧玲がとっさに「何故」といいかけたが、飲みくだす。ここでは風水師である鴆のほうが遥かに身分が高い。しぶしぶ黙って、彼に順った。
◇
「抱いて」
誰もいない廻廊で、
緑の袖が風に揺れる。鴆は細い眉の端をあげた。
「おまえと違って、私は
「構わないが……貴女だったら意地を張って、僕の力なんか借りずにあがろうとするものだとおもっていたんだけどね」
「むだな意地は張らない質なの」
「予想どおりだ。ここだけ瓦がよごれて、あきらかに何かが撒かれた様子がある。一昨日雨が降ったのにもかかわらずだ」
慧玲は指で屋頂をなぞって、ためらいなくそれを舐めた。砂を想わせる舌触りと微かなこげ臭さが拡がって、最後には灼熱感が残った。
「……なにかの燃え殻ね。なにかの骨に植物――香りからすれば、柳と……」
緑の瞳を見張る。ついこのあいだ、舐めたばかりの毒だった。
「
夾竹桃は致死毒を有する危険な植物だ。特に、燃えたときにあがる煙と、燃えおちた後の灰には強い毒がある。細かな灰は屋頂のすきまから房室にも落ちていくはずだ。まさに不可視の毒となったそれを吸い続ければ、毒に侵される。
「腑に落ちない。皇后陛下を侵す毒は、間違いなく火の毒だった」
夾竹桃の毒ならば、悪心、腹痛、嘔吐からはじまって、眩暈、脱力、酷い不整脈等の症状がひき起こされる。だがあんなふうに燃え続けるなど、尋常な毒ではない。かといって、地毒は毒師であろうと造れるものではない。それにこれは造られた毒にしては、不純物がまざりすぎている。
どちらかというと呪いじみていた。
「夾竹桃の毒か。耳に新しいな」
「どういうこと」
「春に南部で
毒の火。それが皇后を侵す《火の毒》の端緒ではないかと身を乗りだす。
「争いのさなか、
「軍が故意に火を放ったわけではないの?」
「九分九厘、ないね。
不運なことに、と鴆は続けた。
「昊族は鳥を家族同然に愛していてね、鳥を捕食する蛇を嫌う。
想像に難くない。火からは遁れられても、毒の煙を吸いこみ、
「火は、ふた月経った現在でも延焼を続けている」
早期に火を制められるものがいなかった。それがまずは、第一の不運。続けて毒の植物に延焼した、これが第二の不幸。重ねて今期は、雨季にもかかわらず
「もっとも、ここまではただの《毒》だった。だが火は夾竹桃の群生地を過ぎてもなお、毒の煙をあげ続けている。毒ではないものが毒になる。これはまさに地毒だろう?」
強くなりすぎた火が他の要素を侮り、調和を崩して地毒となったのか。それとも昊族の死穢が火の毒をもたらしたのか。
「だとすれば、これは
灰塵の積もった瓦に視線を落とす。だが、誰がどうやって、皇后の宮の
「……あの鳥……あれは確か、
慧玲がつぶやいた。
鷂は昊族が使役する
「犯人が解ったのか」
「おそらくは。でも、私の役割は犯人捜しではない」
毒のもとは解けた。慧玲は唇をひき結んで、いった。
「皇后陛下を解毒する、
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