13 薬膳の宴 其の壱
雲のない
一段あがった上座には皇后の姿もある。
季節の宴は妃嬪の親睦をはかるものでもあるが、ひそかに皇帝が訪れて側室の品評をすることもあるという。妃嬪たちは競うように一張羅で身を飾り、絢爛なる
皇后が挨拶の締めにいう。
「医は食なり。健全なる身は完全なる食から為る――昨今、
予想どおり、雪梅の舞は宴の最後を飾ることになりそうだ。
雪梅嬪は毒に侵された身を隠すように
食膳には五種の前菜が載せられていた。
桜や梅や蝶に飾り切りされた人参や大根が華やかだ。妃嬪から歓声があがる。
「宴の膳はまず、瞳で食すとか。薬膳と聴いて華やかさに欠けるのではないかとおもいましたが、ふふふ……これは期待できそうですわね」
春の季妃が嬉しそうに箸を取る。
春の宮を統べるにふさわしき
まずは
猪の
酢の物には
「ん、まあ、おいしい」
「誠にこれが、薬膳なのですか」
薬膳といえば、健康にはよいが、独特の香りが強くて味はまずまず、という印象が広くある。だが前菜を食べ進めるにつれて、妃嬪の先入観がほろほろと崩れていく。
続けて
「あら、
さきほどの
炒め煮にされた
続けてもう一品。こちらは白みそが掛かった鴨の焼き物だ。弾けるような脂の乗った鴨に白味噌が絡みあい、上品な味わいになっていた。
「鴨からも柑橘の香が致しますわ。これはどういった趣のものなの。薬膳というからには効能があるのでしょう?」
「え、あ、それは」
司膳の女官が言いよどむ。
「申しあげます。鴨にぬられた白味噌にひとつまみだけ、
「ふうん、どういった効能がありますの」
「
妃嬪は納得して、さらに箸を進めた。
取り繕いながらも瞳の端を強張らせていた
(雪梅様の御口にあったのか。よかった)
慧玲が胸をなぜおろす。
全員が五種の前菜に舌鼓を打つなか、酒が振る舞われた。
「八角の蜂蜜酒でございます。まずは香りをお楽しみください」
宮廷の宴ではかならず銀製の杯がつかわれる。銀は毒に触れるとくすむため、毒殺をふせぐことができるとされたが、一部の毒には反応を表さない。水銀蜂の毒にも杯は鈍らず、奇麗なままだった。
妃嬪たちは杯をまわして、漂った芳香を胸に吸いこむ。
「蜂蜜というよりは、質のよい白檀みたいな香ね」
銀の杯に唇を浸す。こくり――細い喉を滴り落ちていく甘露の雫が、死に到る猛毒だとも知らずに。
雪梅嬪も箸をおいて、杯を傾けている。
毒とは苦きものだ。蜜酒も舌に触れたときは程よい甘みが拡がるが、すぐに痺れるような苦みに変わる。だが、この度は毒の苦みを感じさせないよう、あらかじめ前菜を食べてもらい、妃嬪たちの舌を調整した。
それだけではない。
前菜には毒の
前菜を食べ終わり、大皿小皿に移る。紹興酒漬けの海老からはじまり、
水樒は《木の毒》だが、《水の毒》の特性を強く含む。さらに細かく分類すれば《淡水の毒》だ。川の魚を海に放てば息絶えるように《淡水の毒》は《海水の薬》で中和される。
「順番に提供していただけるのね」
「
妃嬪が話しあっているとおり、これは
もともとは百品を超える料理が順番に提供され、三日三晩掛かって食したというが、王朝の衰退によりこれほどまでの贅をつくすことはなくなり、途絶えた。だがこうして縮小したものならば、現在でも振る舞うことができる。
それにしても、と妃嬪が食膳に目線を落として、頬を綻ばせた。
「なんて綺麗なのかしら。これが食なの? まるで名残の雪ね」
本来は芙蓉の花を模したものだが、いまの季節にみれば最後の雪のようでもあり、降り続ける桜吹雪とも重なる。
「さっきの海老も美味しかったわねえ」
「ねっとりとあまみが
妃嬪たちは一様に神経を張りつめていた。競いあい、誰かを失脚させてでも皇帝の寵愛をつかむのだと喧々していたのだ。だが食をかこんでいるうちに気もちがやわらぎ、他人と喜びを分かちあうようになっていった。
続けては
雪の季節を乗り越えて萌えだした植物には、ひと冬のうちに
(食は、平等ではない)
慧玲は胸の
(でも、食に幸福を感じる心は等しい。食は命を繋ぐものだ、薬もまた然り。故に――)
薬とは、楽しき物であるべきだ。
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