12 尚食局の恥
平旦、
「あら」
なかにいた
解いたばかりの白銀の髪が軽やかに拡がった。剣舞の余韻を微かに残して。
「皆さま、おはようございます」
庖房には昨晩の洗い物どころか、下拵えの痕跡もなく完璧に掃除が終わっていた。なんだ、結局調理まではできなかったのではないか、と女官たちが視線を移したさきには、がらりと減った食材と満ちた鍋がいくつもならべられていた。
「庖房をつかわせていただき、ありがとうございました。それでは私はこれで失礼致します。朝餉のほうは今朝、お願いいたしますね」
彼女は
残された女官たちは想わず鍋に群がり、どよめいた。
「嘘でしょ! これだけの料理をたった一晩で……?」
「ましてや洗い物も全部終わってるなんて、どんないんちきをつかったのよ」
「――……ね、鍋の中身、全部捨ててやろうよ」
女官のひとりが鍋に手を掛けたところで、年配の女官が彼女の腕をつかんだ。
「おやめなさい」
「っ……
尚食長とは庖房での最高位にあたる。
女官が肩をはねさせて、慌てて鍋から手を放す。
「この
鶉を骨ごと煮る白湯は時間を掛ければ掛けるほどに骨髄の旨みがとけだして、白濁していく。だが、この鍋は盆の月を想わせるほどに白かったが、濁ってはいなかった。ただ煮続けただけではこうはならない。
どれだけ神経を研ぎすませれば、こうなるのか。
煮るうちに浮きあがってきたえぐみを取りのぞき、旨みになるあくは残して、絶妙な火加減で一晩煮続けたのだろう。
白湯だけではなかった。
他の料理や下処理も見事だ。
尚食長が感嘆の息を洩らす。
ひとりでこれだけのものを――想像を絶した。
舞でも書画でも、日頃から専心している者にだけ理解できる凄みというものはある。他の女官も項垂れて、完敗の意を表す。
「さあさ、朝餉の支度をなさい」
尚食長がぱんぱんと手を叩き、何事もなかったかのように庖房の朝が始まった。
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