11 慧玲の調薬
(想像はついていたけれど)
後宮の
かわりに夕餉の片づけ物がどどんと積みあげられている。約五百人分の洗い物だ。
(嫌がらせにしては幼稚すぎる……)
これを全部片づけてからでないと調理は始められそうにもない。
(まあ、庖房を借りられるだけでもよかったと想うべきか。なにせ私は疎まれものだからね)
いまは
(
洗い物を進めながら、慧玲は妃嬪たちの食べ残しに箸をつける。
(ん、……後宮ではこういう味つけが好まれるのか)
つまみ食いは褒められたものではないが、離舎にいる慧玲のもとには、尚食局で造られた食事は運ばれない。なので後宮での食事に触れる機会もこれまでにはなかった。
残り物や器のかたちなどをみれば、どれが妃嬪の物か、はたまた女官の物かは明らかだ。妃嬪の食事と妃妾の食事では品質が違い、さらに女官や宦官ではまたひとつ、ふたつ、格が落ちる。
食には身分や貧富が表れる。
(妃嬪には
食は平等ではない。
だが、美味しいものを美味しいと感ずるこころは、等しいものであるはずだ。
皿洗いが終わったのは結局
(想像していたよりも時間が掛かってしまった)
仕事はここからだ。
まずは
砂漠を渡って届けられた
大鍋いっぱいに湯を沸かして、下処理の終わった鶉をまるごといれ、煮る。だしを取るだけでも一刻は掛かる。そのあいだに海老の下処理をする。殻を剥き、背わたを取りのぞいてから、紹興酒に漬けこむ。
続けて
(まずは毒の巡りを後らせる薬が必要だ。毒の吸収を緩やかにする韮、大蒜、
致死毒を飲ませるのだ。慎重を期さねば。
かといって薬を強くすぎて、折角の毒を分解してしまっては雪梅嬪の薬にもならなかった。
重ねて「妃嬪たちが地毒に侵されぬよう、薬膳を調えるべし」という皇后の命もおざなりにはできない。ひと品ずつ効能を考え、提供する順番を組みあげていく。
(こまった。必要な食材がない。まあ、あれだったら、後宮でも調達できるか)
今朝いちばんに後宮の
(最も重要なのは舌に
まずいものは、いかにあろうと毒だ。
患者が何を欲し、何を不要としているのか。何を好み、何が受け入れがたいのか。妃嬪それぞれの体質や習慣などは解らないが、後宮での食事に補うべきかはわかる。
(米穀に蕎麦の実。つけあわせには豆、茄子、白菜、鶏卵。春になったというのに、《
穀物も、豆類も、鶏卵も蕎麦の実も《土》に属する。
思索に耽りながら、慧玲は動き続けていた。
杏の種子を割り、なかにある
剣舞でも踊っているのかと想った、と。
抜身の剣を扱うような緊張感と流れるような動きを称える言葉だったが、慧玲は別の捉えかたをした。
(これは
彼女の取り扱っている毒は剣とおなじく、人命を奪うものだ。
ひとつまみの塩を振るだけでも、彼女は指の
(敗けることは許されない。賭けているのは私の命だけではないのだから)
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