3 華の舞姫
後宮の春は麗らかだ。
特に春の宮では
だが春を
「ねえ、御存知かしら、
春の宮は水清く花歓ぶ雅やかな殿舎である。入り組んだ水路の随処に廻廊や橋が渡され、庭を眺望できる処に
ひとくちに妃妾といっても皇帝の情けを賜れる者ばかりではない。
現皇帝が即位してから六カ月、一度も皇帝と縁のない妃妾のほうが遥かに多かった。そんな彼女たちの日頃の娯楽は嘘とも真ともつかぬ噂を紡ぐことだ。
「雪梅様というと華の舞姫と称えられるあの御方ですわよね」
「なんでも
「まあ、だから
雪梅嬪がひと度舞を演ずれば、枯れた
「でも、真実だとすれば、いい薬だわ」
妃妾がくすくすと悪意のある微笑をこぼす。
「彼女、気位ばかり高くって。舞が巧いだけならば芸妓と一緒だと解らないのかしら」
「皇帝陛下に気にいられているからといって、いつも私達を見くだして。ほんとうに何様なのかしら。陛下の
(その舞ひとつ踊れないから、あなたたちには陛下の御声が掛からないのに。都合の悪いことには素知らぬふりを決めこんで、ほんとうに残念なひとばかり)
妃妾らは裏では悪態を囁きながら、雪梅嬪には媚びて、さも慕っているようにまとわりつくのだから、よけいに質が悪かった。
慧玲は陰口めいたものを好まない。
あれは実に質の悪い毒だ。有毒な生き物は、蛇にしろ蛙にしろ、自身には毒があるとまわりに表すものだ。或いは華やかに毒を誇る。
(もっとも、
今朝がた、薬を依頼してきたのは他でもなく雪梅嬪につかえる女官だった。
お喋りに夢中になっていた妃妾たちは慧玲が水亭の前を通りすぎるときになって、あっと声をあげ、あからさまに青ざめた。
「嫌だわ。
「しっ、聞こえるわよ」
好からぬ噂を囁きあっているときとはまた違った悪意が、じわりと滲みだす。触れては障るとでもいうような。
慧玲は頭をさげ、にっこりと微笑みかけてから水亭の側を通り抜ける。後ろで「呪われた!」と悲鳴があがり、慧玲はあきれてため息をついた。
(あなたたちなんか呪うものか。くだらない。そんな毒にも薬にもならないことをするんだったら、蛙の解剖でもしているほうがよっぽど勉強になる)
だが疎まれることには不服はなかった。先帝の
(……私は疎まれものだもの)
眼下に梅園が拡がる。
風が吹きぬけた。
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