Flare その4

◆消えない爪痕


 試練の春を超え、物語は終盤です。


 ここからは基本的にいくらか落ち着いた展開になっていきます。


 少なくともシニア前半のような心痛む展開はありません。珍しく年相応に狂喜するマーチャンが見られたりもします。


 時系列で言うと、親愛度によって解放されるキャラストーリー最終の7話が合宿の間にさしはさまってきます。


 この内容は、マーチャンの中で記憶に残るということの意味が変わる重要なエピソードになっています。そして、不特定多数の記憶に残ることと、目の前のあなたの記憶に残ることの意味の違いも。


 そんな感じでトレーナーとの距離もぐっと縮まり、ここにきて素直にデレるような発言も出てきます。


 ただ、そうした言動にも相変わらずなマーチャンらしさがうかがえるのが微笑ましいところです。


 たとえば2度目のスプリンターズステークスでは去年のうれし泣きを踏まえて、「トレーナーさんは、マーちゃんと重なっているのではないのですか?」と、やはりどこか一方的に喜びの共有を求めてきたりします。

「あれ、涙?」ときょとん顔だった去年からえらい変わりようですが、まだちょっとぎこちなく、他者とのかかわり方が探り探りなんですよね。


 そして年末。クリスマスともなると、なんかもうロマンティックが過ぎます。それでもやはり記憶にこだわるのが彼女らしいところ。


 なんかもうここにきてデレまで入ってくるといよいよもって無敵というか、彼女の詩的な感性がそういう方向で働きはじめるのでなんかもうロマンティックが止まらないんですよね。


 なまじ前半がずっと塩対応だっただけに、この糖度攻撃は強力です。あれです。スイカに塩を振るメソッドです。それをやってきます。しょっぱさに次いで甘さがやってくる。


 やはりずっとライバルキャラがいないので、トレーナーと2人きりの世界なんですよね。たぶんそういうとこも含めてギャルゲーっぽい印象を与えるのでしょう。


 ただこれ、2人の世界すぎてトレーナーが信頼できない語り手化してんじゃね?と不安にもなってきます。「お前、誰と話してるんだ……?」となってないかと。


 ウマ娘には衣装ごとにスキン名(?)のようなものがあり、今回のマーチャンは「Flare」なのですけど、これは「レンズ」の中で反射した光が写真に写り込む現象のことを指すようです。

 つまり、マーチャンという存在は専属レンズたるトレーナーの心の中にしかいないのでは? という憶測が成り立たなくもないんですよね。


 その危うさはグッドエンドでもけっきょく解消されません。ここでのマーチャンはトレーナーとのいつか訪れる別れと、忘却を前提に話しています。それでも覚えていてほしい。折に触れて思い出してほしい。そんな願いを。


 いまはここにいるけど、明日はどうなるかわからない。そんな儚げな印象を残したまま、マーチャンシナリオはいちおうの幕を閉じます。


 忘れないでいること。その使命は永遠なんだなと再確認させられます。



◆温泉


 とはいえとはいえ、ウマ娘はここでは終わらないわけです。それがそう、温泉旅行です。年始の福引イベントで温泉旅行券を引き当てると、育成終了後にちょっとしたおまけストーリーが見られるのですね。


 福引の段階ではウオッカとスカーレットと行こうという発想だったマーチャンですが(ペアチケットとは知らなかったのもありますが)、育成終了時ともなるとトレーナーを誘ってやはりちょっと強引に出発しちゃいます。


 温泉だけあってここのマーチャンはシナリオ随一のしっとりマーチャンです。当初あれだけトレーナーに興味なかった子がここまで……というくらい劇的な変わりようです。そしてやっぱり詩的で哲学的。


 彼女の根底にある価値観は最後まで変わりませんし、わたし個人も、その価値観が間違っているとは思いません。むしろ深くうなずきたいくらいです。


 しかし、それでも、彼女なりにトレーナーとの「これから」を語ってくれるのです。例によって、詩的な語彙を用いて。

 遠回しなプロポーズみたいなのをしてくる子はけっこういるんですけど、マーチャンもこれトレーナーと離れる気ないなって感じなんですよね。それが具体的にどういう形かっていうのは想像の余地が残るのですけど。

 

 ここで海でのことを触れてくれるのもいいですね。あのときはさっぱりマーチャンでしたが、やはり心の内では相当に感じ入るものがあったらしい、と時間差でわかるこの感じが憎いです。シナリオの解釈がまたちょっと変わってきますから。変わってくる、と言いますか、詩的で観念的なマーチャンが多少なりとも具体的なことを言ってくれることに重みがあると言いますか。


「うれしかったなぁ」


 海でのことを思い出し、そう噛みしめるようにつぶやくマーチャン。そのかわいさときたら!


「あなたが変でよかったです」


 トレーナーの返事を受けてマーチャンはにっこりとほほ笑みます。そうして、温泉でのひとときは締めくくられるのです。


「ヘンテコなウマ娘」と「変なヒト」。2人が共に歩む未来を暗示して。


 なまじグッドエンドがちょっと曖昧で寂寥感を漂わせて来るものですから、このイベントでちょっと安堵するのですよね。巷では温泉がトゥルーエンドと言われてたりしますが、わからなくもない感じで。


 こういうことができるのがゲームのいいところだよなあ、としみじみ思います。

 分岐の可能性を提示できると言いますか。1つの世界線にこだわらなくていい自由さがあると言いますか。プレイヤーにある程度取捨選択の自由があるんですよね。この温泉イベントもランダム発生ならではの内容であり、救済だなあ、と。



◆まとめ


 そんなわけでアストンマーチャンシナリオの長い長い感想でした。


 これでもだいぶ端折って語ってるのがわかると思います。特に後半は曖昧な部分が多かったことでしょう。


 これはそもそものマーチャンシナリオが曖昧で難解な部分があるせいでもあります。海のシーンなどはかなり解釈が分かれるでしょう。というか、物質的なレベルで何が起こっているのか、というのはあまり重要じゃないと思うんですよね。


 というか、わたしがそういう話が好きだという話なんですが。自作の放タルもそうですからね。クライマックスで海が重要な役割を果たしますけど、あそこで起こることもやっぱりよくわからないわけです。そういう風に書いてるので。


 海、というメタファーはやっぱり強力というか、普遍性があるもので、どうしても似たような使い方になるよなあ、そうだよなあ、とは思いつつ、やっぱり放タルを思い出さずにはいられない、そんなシナリオでした。


 キャラストーリーでは河川敷のシーンもあるんですけど、これも放タルの河川敷のシーンとちょっと似てるんですよね。というか似たような話をする。


 まあ海とのつながりでそういう話になるのは必然ではあるのですけど、シンパシーを感じずにはいられませんでしたね。


 そして、海でのシーンはなんかこう……クライマックスの知佳の気持ちがいまさらながらわかったという感じでした。いまいち実感がないまま書いてたことが実は自分の感性に正直に書いてたことだったのかもなあ、と。


 永遠はないかもしれないけど、永遠があってほしいと願う。その気持ちがわたしにとっての尊いもの。そうなのかもね、と今ならうなずけます。


 まあ、だから視点人物に対するヒロインとして見たときのマーチャンってカナと重なってくるんですよね。キャラクターとしては全然違いますし、むしろ真逆かもしれないんですが(カナは自らのエゴを自覚できないというキャラなので)。


 ああいう、いまにも消えてしまいそうな子に弱いのかもしれません。というか不在/存在を往復するドラマに惹かれるのかも。この年になって、いないいないばあで楽しんじゃってます。でもあれって、人間が最初に体験する(娯楽としての)サスペンスだと思うのですよね。ゆえの普遍性が云々。


 放タルもマーチャンシナリオも曖昧で幻想的で、ハッピーエンドなんだかどうかもちょっと判断に困るような幕引きをするのですよね。つまりわたしの趣味がそうなのです。抽象性、内向性、可能性。とにかく観念的なのがいいのです。


 そもそものマーチャンが不思議ちゃんであり、ちょっと詩的で哲学的で、根本の部分で人を寄せつけず、自分の中で完結した世界を持っている子です。単純にそこが自分と似てるなあと思いますし、共感できたんですよね。


 そんなわけで好きになる要素しかないのがマーチャンというキャラクターであり、その育成シナリオでした。

 いやー、本当によかったです。マーチャンが実装されてすぐ、ほっかほかのタイミングでシナリオが読めて。それまでに石をきちんと溜められて。そもそも、このゲームをはじめて。もっと言うと、生まれてきてよかった。そう思います。

 そのように思うのは久しぶりです。たった1人のキャラクターにここまで思い入れを持つのも初めてのことかもしれません。アストンマーチャンというミームの生存戦略にすっかり取り込まれてしまいました。


 そういう仕掛けになっているのが、マーチャンシナリオの憎いところです。何か障害があってそれを乗り越えてちゃんちゃん、という、閉じたシナリオではないのです。プレイヤーを否応なしに巻き込み、ウマ娘というコンテンツ、ひいては虚構におけるキャラクターとのかかわり方そのものを変えてしまう刺激的なシナリオなのです。


 忘れない。忘れたくない。


 いずれ来る滅びに抗い、永遠を願いたくなる、そんなシナリオです。


 2ndアニバーサリーの★3引換券では是非アストンマーチャンをお迎えください(専属レンズ特有のダイレクトマーケティング)。



   *** ***


 なお、この「Flare」はもう少しだけ続ける予定です。ええ、まだ語り足りないことがあるのです。専属レンズとして、どんなマーチャンも記録して拡散しなければならないのです。そういうことです。というわけで、まったね~。

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第8回カクヨムWeb小説コンテスト狂想体験記 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick

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