第4話 行商人ハイデルン

 行商人であるハイデルンは重い金属の鎧を身に纏い、迷宮都市アタに向けて馬車を走らせていた。荷台にある荷物にはたくさんの穀物や武器、防具などアタへ持っていけば大金になるであろう代物ばかりだ。

 とはいえ護衛もなく1人で行商をしているハイデルンも当然周囲を警戒しながら進んでいるが実のところモンスターの警戒はそこまでしていない。それはこの辺りに出てくるグリーンゴブリンは非常に凶悪な力を持っているが足がそれほど速くないからだ。そのため馬車の速度であれば十分に逃げる事が出来る。

 当然モンスターに備えて厳重に鎧を装備しているし、武器だって携帯して用心もしている。この辺りにある巨大迷宮カタパーンの影響によって迷宮の外に出てくるモンスターが増えてきているのが昨今の悩みだ。


「……ん、なんだ?」


 もうじきアタが見えてくる所まで来たハイデルンは奇妙な光景を目にした。それは1人の青年がグリーンゴブリン2体と対峙している所であった。見た所青年は鎧を装備していない。これではモンスターの攻撃を一度でも受ければ死は避けられない。ここから青年までの距離はおおよそ50メータル。馬車を急がせ救援に入ろうにも距離が離れすぎている。馬を走らせれば間に合うかもしれないが万が一馬車から落ちた場合、逆にハイデルンが死んでしまう。荷台からの地面の高さは約1メータル。

 見ず知らずの青年を助けるために払うリスクが高すぎる。無残に撲殺されるのを見るしかハイデルンに出来る事はなかった。しかし次にみた光景はハイデルンを驚愕させた。



「ば、ばかな……」



 青年はあの凶悪なグリーンゴブリンの攻撃を受けてもびくともしなかったのだ。それどころか2体かかりで攻撃されているというのに、まるで効いていないかのようにその場に立っている。最初はもう死んでいるんじゃないかと考えたが手に持った枝を振りかぶりグリーンゴブリンの頭を強打した。そうして残る1体を同じように倒しすべて魔石へ変化させている。

 驚愕であった。通常モンスターの攻撃を一撃でも受ければ死ぬ。だからこそハイデルンを始め多くの人々は金属の鎧に身を包みあらゆる攻撃から身を守る。だというのにあの男は生身のままあの凶悪な攻撃を何度も受けていた。


「あれは……本当に人間か」


 2体のグリーンゴブリンを倒しあの青年は何故か地面を凝視している。何を見ているのか分からない。近くに落ちている魔石を無視し何もない地面をなぜ見ているのだろう。ハイデルンは考えた。どうせこの距離であればあの青年にこちらの存在が気づかれるのは時間の問題。ならば距離が離れている間にまず話しかけてみようと思ったのだ。



「そこの青年ッ!」



 馬車から声を張り上げあの青年に声を掛けた。こちらの声が聞こえたのだろう。地面を見ていた青年が立ち上がりこちらに振り返る。この辺りでは見ない黒い髪、少し細身の身体だ。後ろ姿で予想したより若いかもしれない。


「あ、おーい! よかった人だ!」


 そういって棒を振り回しながらこちらに向かって走ってくる。


「ひぃ!? く、来るな!」


 恐怖だった。万が一あの枝に当たったら馬だってただじゃ済まない。ハイデルンがそう叫ぶと黒髪の青年が不思議そうにこちらを見ている。なんて危険な男なんだ。


「え? え? 俺何かしました……?」

「その棒を振り回すのをやめろ! 当たったらどうするつもりだ!」

「あ、ああ。ごめんなさい。つい嬉しくて」


 なんて危険な男なんだとハイデルンは顔を引きつらせながら思った。だが、一応コミュニケーションが取れる所を見ると一応人間という事なのだろうか。ただ者ではない。色々な意味でただ者ではないと考える。



「もしかして君はアタを目指している攻略者ストラテジーかな?」

「え? アタってなんですか。それにそのストなんとかっていうのも……」


 その発言にハイデルンは出来るだけ表情に出さないように努めながらも内心では驚愕していた。少なくともこの周辺に、いやこの大陸に住んでいてその名前を知らない人間などいないと断言できる。警戒レベルを上げながらさらに質問を重ねた。


「……君の名前は? あとどこから来たんだい」

「スコです。えーっとコウエンにいたんですが気づいたここに……」


 スコと名乗る青年はそういうと少しだけ困った顔をした。少し変な名前だが問題はその後だ。コウエン。聞いたことがない地名であるため恐らく大陸の外から来たのは間違いない。気づいたらここにという事はまさか迷宮事故でここに飛ばされたのかもしれないとハイデルンは考えた。


「そうですか。ではやはり君は攻略者ストラテジーじゃないのかな?」

「それは何ですか? 聞いたことなくて……」

「……そうですね。攻略者ストラテジーとはその名の通り迷宮踏破を目的とした人の事ですよ。覚えていないかい?」


 ハイデルンがそういうとスコは腕組をして考えているようだがやはり聞き覚えがないようだ。


「実はコウエンでケルベロスに襲われてからの記憶がないんです」

「ケルベロスだって!?」

「え、ええ。僕の力不足で追い払えなかったんです」

「ば、ばかな……」


 ケルベロスと言えば北の大陸にある七大迷宮の1つスネイタイ大洞窟の120階層に出てくる猛獣のはずだ。それと戦っていたというのか。ハイデルンは驚愕するとともに得心がいった。コウエン地方がどこだか分からないが同じような迷宮がありそこでケルベロスと戦闘。その後恐らく迷宮内の転移トラップでここまで飛ばされたという事か。かわいそうにその時に装備と記憶を失ってしまったのだろう。


「そうでしたか。ああ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。私の名前はハイデルン。行商人をしています。この先に迷宮都市アタがありますが一緒に行きますか?」

「おお! 本当ですか! 助かります!」


 そういって棒を持ったまま手を振ってこちらに走って来た。ハイデルンは心臓が締まるような恐怖を覚えすぐにスコに声を掛けた。


「こちらには歩いてきてくれ! その枝が当たって死んだらどうするつもりだ!」

「え? あ、ああ。そうですね。もしかしたら骨折するかもですもんね」


 骨折程度で済むはずがないだろう。そう内心で考えながらさっそく声を掛けたことをハイデルンは後悔した。

 

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