setlist10―レックレス・ビギナーズ

note.59 そうだ、この女上司には恐竜の尻尾がはえている。

「出場しなくてもいい理由……それは、もうフレディア様とコンタクト取れるからね。わざわざ大道芸大会でチャンスを待つ必要はないでしょ?」


 リッチーは食いっぱぐれたキングのために、隣のテーブルから遠慮の塊ののった大皿を引き寄せる。しかしそれもから揚げの衣だけで、キングの表情はしおっとえた。


「それはそうだけどさあ、そしたらここに泊まってる意味もなくなるってことじゃん? 明日には出る?」

「それはキングが決めるんだよ」

「俺ェー?」

「うん、俺」


 仕方なしに、しょもしょもとレタスに似た食感の赤い葉をかじる。


 食堂の国王直属騎士団隊士の姿は、薄情にも既にまばらになっていた。

 いまだに居座っている隊士達は、隠し持っていた酒を同僚と分け合いながら楽しんでいる。ただの飲兵衛のようだ。

 ちなみに、キング達にはこの後皿洗いが待っている。


「ボク、楽器は?」

「マックスの楽器? あ、技術研究所!」


 今回の出場に際してなら、マックスはキングのギブソンを借りて弾くことになっていたが、本来ベース担当としてキングがスカウトしたのだ。そのベースは王都の技術研究所で作ってもらう予定である。


「そっか……このまま王都に入っても、結局金は必要なんだよなあ、ベース作ってもらうために」

「しかもいくらかかるかも想像がつかない……リッチー、この大道芸大会に賞金はついていないんだったな?」


 イデオはピアスに収納していたチラシをテーブルに広げた。リッチーもそれをのぞき込む。


「そうだね、大会って言ってもコンテストのように優勝者を決めるものではないみたい。あくまで、スーベランダンに滞在している富裕層の目を楽しませるための催し……だね」

「じゃあ俺達なーんも得しねえじゃーーーーーーんッ!!!!」

「うるせえ」


 ガチンガチン、とキングがフォークを口にくわえたまま歯噛はがみする。


「……そうか!」


 リッチーはぽふっと手を叩いた。


「リッチー、どう、したの?」


 マックスがピンと立った耳を見つめる。


「そもそも、こういうことだったんだよ! この大道芸大会にはスーベランダンに遊びに来ている貴族やほかセレブたちがお抱えの――芸人自慢大会……! だからこんなにべらぼうに高い出場料を一組に対してかけている」

「芸人自慢大会?」

「そう……自分はこんなに珍しくてすごい、もしくは芸術的な芸当を披露できる芸人を囲っているんだぞ、っていう自慢大会」


 キングとイデオが同時に顔を見合わせる。「なんじゃそりゃ」といった表情だ。


「このノーアウィーン世界には音楽が無い……無いが、娯楽はある。芸術もある。金持ち連中は、自身の教養の深さ、情報通であること、珍しい人材を確保できる人脈・資産……そういった一切をこの大会で見せびらかし、己の力を誇示する……そういうことか?」

「さっすが、イデオ! それで僕の推測とあってるよ」


 ケェッ、とたんでもくような声を出して、キングは舌を出す。


「気に入らねえぜ! 牙を抜かれた飼い犬の闘犬ごっこじゃねえか」

「キング、君ねえ……まあ、言葉は汚いけどあってるか。だから僕達は随分勘違いしてたってことになるね」

「ほんっとにイラつくなあ、出場料が高いって訳も分かったけどよ……」

「でもさ――」


 リッチーはふわふわの指を組んで、にやりとキングを見遣った。


「金も権力も後ろ盾もない僕達が、この大会に出たらどうなるかな?」


 その言葉で、フォークの四股にみついた八重歯がにぃっと上がる。


「……へえ、リッチーもなかなか言うじゃねえか……」


 そしてキングはくわえっぱなしだったフォークを手に取り、衣だけのから揚げにどすりと突き立てた。


「出よう! その大会、俺達の音楽で荒らしてやるぜェッ!!!!」

「うるせえ。けど賛成だ。王侯貴族を俺達の音楽で躍らせてやる」

「ハっハハ、いいねェそれ!」


 早くも主戦力――音楽の要である二人が楽しそうに(悪い顔で)方向性が合致したのを見て、リッチーはモルットには深すぎる背もたれに沈む。


(これが、本当の意味での僕達の初めての戦いになる……たぶん。爪痕は残せる、絶対に。でも、自分の立場しか考えてない貴族様達からは、これから大変な嫌がらせがあるかもしれない……そこからが、本当の”僕達の音楽”のはじまりになるだろうね。ってキングはそこまで考えてないか)


 むしろ、そんな彼が頼もしいのだ。

 この世界の外側から救世の音を携えて、壁の向こうから現れた彼が。


(救世……そういえば、救済はイデオの身体の元の持ち主、エール・ヴィースの名前だったような……。でもね、この世界に必要なのは、やっぱり、音楽だと思うよ)


 現世が欲するのは生易しい救済なんかではない――現実を壊すような力。

 その力は、百年前の天変地異で起きたような暴力も含むだろう。

 けれどもそんなものにも負けない力を、リッチーはキングに見ていた。


「じゃあ、うちのバンドリーダーが言うんだから、大道芸大会は出場ってことで、いいね?」

「おうっ……俺がバンドリーダー???」

「ってことで、明日からバンドリーダーを筆頭に、金貨二十枚!! バシバシ稼いでいこうね!!」

「俺を稼ぎ頭にすんの!? あってる!?」

「キングったら、そこも、おーっ! でいいんだよ?」

「やだ! はたらきたくない!」


 やだやだとキングが駄々をこねている食堂に、眠たげな蝶番ちょうつがいの音が響く。

 その主がマーキュリー王国第一王女フレディアと、国王直属騎士団隊長ジギーヴィッドだと気付くと、楽し気に酒を飲んでいた男たちが一瞬にして顔つきを変えた。立ち上がり、かかとを鳴らして敬礼をする。


「おかえりなさいませ!」

「ただいま。……まだ食事は残ってるかな?」


 ジギーヴィッドは外套がいとうを羽織ったフレディアを連れて帰ってきていた。


「よかった……フレディア様戻ってきてくれたんだね」


 リッチーが漏らす言葉が、食堂で未だ酒をあおっていた隊士たちの胸中すらも代弁していた。誰もがほっとしたことは言うまでもない。

 隊士達は大急ぎに取り置いていた皿をリッチー達の横に並べ始めた。王女と騎士はしずしずと何事もなかったかのように着席する。


「肉がある……」

「しっ、キング意地汚いよ」

「だってさあっ」


 まるでフードコートでアイスを強請る子供とその親のような会話である。

 

「ただいま! リッチー、ごはんの準備ありがとう! キング、本当にポアンドッチャの煮込みを作ってくれたのね。早速いただくわ」

「ぽわ……?」


 やけに多弁でテンションの高いフレディアに面食らう。

 ポアンドッチャの煮込み、というのは、確かスーベランダンの街中でフレディアと再会した折に聞いた料理だ。と遅れて気付いた。


「出穂さん……ぽわなんとかってやつ、作り方知ってたん?」

「……いや、俺が作ったのは牛スジ煮込みだ」


 なるほど、ここいらでは牛スジ煮込みをポアンドッチャの煮込みというらしい。

 納得がいくキングだが、正体がわかってから余計に食べられないのが悔しい。


「…………………………………………よろしければ私のを分けましょうか?」


 カトラリーを手にしたまま何とも言えない間を保っていたジギーヴィッドが、キングの視線に音を上げた。

 

「おっ!? いいの!?」

「ええ、構いません。その代わり、その顔でこちらを見るのを止めてください! 食欲がせます」


 喜ぶキングとキングの代わりに謝るリッチー、このポアンドッチャの煮込みを作ったのは誰か? と呼び立てようとする王女を食堂に残し、ジギーヴィッドはちょうど分けられそうな皿を探しに厨房ちゅうぼうへ入っていた。


「なんだ、アイツふつうにイイ奴じゃん」

「だからぁっ、キング! 王国の騎士様に気を遣わせるなっての!」


 リッチーに「めっ」されるが、民主主義の国出身のキングもとい萩原旭鳴はぎわら あさひなにはピンと来ていないのだった。




 明朝――。


 駆け出しミュージシャンのの字もない異世界にて、初めての労働をするキングの姿がスーベランダン片隅にあった。

 荷運びである。


「――ってマジか……?」


 その現場はレンガ造りの単純な大きな倉庫。

 壁、屋根、搬入口。それっきりの間取りである。

 そんな場所に所狭しと棚が設けられ、そこに大小問わず、様々な荷物が保管されていた。入れ物の素材すら統一されていない。


「昔の赤レンガ倉庫みてーだな……空調も無いし、人ぶっ倒れんじゃねえの?」


 キングは目の前の人物に指示された大きな麻袋を担がされている最中だ。


「ほうら、つべこべ言ってないでっ。さっさと運ぶ運ぶぅー! まだまだやることは、それこそ荷物の数だけあるんだからねっ」

「う、うぃっす……」


 ここでの現場上司にあたるのだが、尻尾がはえている。長く、黒い尻尾が。


(なんだっけ、このしっぽ。見たことあるような……?)


 ほわっとした産毛にうっすら覆われたうろこ。明り取りの窓からこぼれる朝の光を浴びて、淡く返している。

 ゆらゆらと左右に揺れるそれを目で追って、キングははた、と思いついた。


(あれか、恐竜?)


 そうだ、この女上司には恐竜の尻尾がはえている。

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