3rd RELEASE

set list.9―花の名前

note.50 「宿たっっっっっっか!!!!!!!」

 スーベランダンの街は一言で言えば、高級リゾート地である。

 要するに、数時間前までいたアーリェクとは同じ港町でも洗練度合が異なる。庶民的なアーリェク、高級路線のスーベランダンと比較できなくもない。


 キング達はヒカレの渡し船からスーベランダンのハーバーへ乗り入れ、ようやく本島へ上陸を果たしたところである。


「ここがスーベランダンの街かあ……人が多いし、何か、独特の臭いがするね」


 リッチーがおのぼりさんよろしく、キョロキョロと周囲を見回しながら鼻をひくつかせる。きっと様々さまざまな場所からリゾートにやって来た旅行者の匂いが入り混じっているのだろう。


 ノーアウィーンという世界に来てから野山か田舎方面しか歩いていないキングはというと、こちらの雰囲気の方が少し懐かしい。きれいに舗装された白く平らな道、隙間なく建ち並ぶ建物、思い思いに買い物を楽しむ客や呼び込みの商人。雑踏とざわめき。


「なあ出穂いでおさん、さっきの案内所でもらった大道芸大会のチラシくれるか?」


 旅人は海から来る人も多いらしい……というのは、今は昔の話になるが、上陸してすぐの立地にスーベランダンの案内所があったのは僥倖ぎょうこうであった。一行は迷わず立ち寄って街や周辺地図などを仕入れていた。


「……だから何枚かもらっておけと言ったんだ。何か気になることがあるのか?」


 ベッコウ飴色あめいろの瞳を半目にして、イデオは左耳のピアスを爪弾く。次の瞬間には謎の技術により、キングの手元に多色刷りのチラシがひらりと現れた。


「まあ。……あー、やっぱり観客向けの情報しか書いてねえや」

「さっきも確認しただろうが。出演者側はスーベランダンの役所が握ってるみたいだからな」

「それな、宿取ってからそっちも行かねえと。フレディアがいつ来るのかわかればと思ったんだけど……」

「そんな機密が市民に共有されるわけねえだろ。暗殺でも起こったらどうする」


 ピアスを擦ると出した物は格納される。キングが見ていただろうに無駄だと言わんばかりの強制力で、チラシは消えるように取り上げられてしまった。


「え~? そんな物騒には見えねえけどなあ」


 キングが見渡す限り、ひったくりや誘拐をたくらんでいそうな怪しいやつ、肩を理不尽にぶつけてくるオジサンのような治安悪い地域特有の生き物は見かけない。極めて明るく朗らか。午前の透明な日差しが一層人々の表情と街並みをきらめかせていた。


「暗殺、する? お父さん」


 ひょこっとキングとイデオの間に顔をのぞかせたのはマックスだ。

 マックスは自分の最大の武器が武力だと自覚があるだけに、どうにも褒めてもらうタイミングを虎視眈々と狙っているような節がある。あどけない表情と声で物騒な話題ぶち込んでくるのがアーリェクから鉄板ネタのごとく続いている。


「しませんっ!」


 勿論もちろん、キングが父親として否定した。

 暗殺が鉄板でたまるか。こちとら音楽バンドである。




「宿たっっっっっっか!!!!!!!」


 早速宿の居並ぶ通りの一角から、それほど威圧感のなさそうな店を潜ったが、キングは覚えたての金銭感覚により絶叫することとなった。


「キング……ロビーで大きな声出さないで恥ずかしいから!」

「いやいや、だってよ! アーリェクではよぅ……」


 声のデカさだけで衆目を集めるキングをイデオは一旦いったん下がらせ、その宿を出ることにした。ホテルマンの引きった笑顔がまぶたに苦い。


「アイツ等、俺達を泊めないためにわざと法外な料金提示したんじゃねえのか!? 目ン玉飛び出るかと思ったぜ!」

「ショバ代だろうな。地方と東京では家賃が段違いだろう。アーリェクも観光地ではあるが、あれは田舎だ。こちらは金持ち貴族も集うリゾート」

「そういうもんかあ?」


 中産階級が主な日本国では、王国貴族などの財を成す人種の生活はとんと理解できない。キングは街の真ん中の広場に戻っても、まだプリプリと機嫌が悪かった。だからこそ屋外に出したのだが。


「もともとは旅行が盛んな世界だ。客のグレードも様々さまざま、店もそれに対応しているだけのこと。俺達の懐に合った宿を探せばいい」

「そうだよキング。これだけ宿があれば、僕達が泊まれる価格帯の店もあるはずだよ」


 ノーアウィーン世界でいちばん苦労を強いられているはずのリッチーが、元気づけるようにキングの手を引いた。


「キングがここまで連れてきたんだからね? こんなことで立ち止まれないよ」


 ふわふわであり、ざらついた感触のリッチーの手のひら。それは鉱山の中で初めて会った時の記憶をキングに呼び起こさせた。

 項垂れていた肩を張り直して、今し方出たばかりの意外と高級だった宿を振り返る。


「リッチーの言う通りだな……よし! 気を取り直して、もうちょっと街を探検するか!」


 キングがにかっと笑う。リッチーもほっとしたようにうなずいた。


「ボク、野宿でも大丈夫」


 ひょこっと三人の間に顔をのぞかせたのはマックスだ。妥協案を挙げたが――


「それは絶対ヤダ」


 三人は一斉に首を振った。さすがに惨めすぎるだろう、この立地では……。


 大道芸大会のチラシをもらった海側の案内所以外にもスーベランダンには観光の話を聞ける窓口があった。細やかで大層親切だが、先ほどの宿のべらぼうな宿泊費を知ってからはもうキングは人心不信になっていた。この笑顔の裏側は、慇懃無礼いんぎんぶれいにもきっと自分たちの懐や身分を値踏みしているのだろう。


 とは言え、うげーっと舌を出してみても始まらない。頼るしかないのだ。

 一行は街の中心街に位置する、どのような身分の者でも違和感を持たれない程度に小綺麗こぎれいな建物に入った。


「ええ、ございますよ。お客様のような芸人の方がお泊りになれる宿泊施設は」

「本当か!? どこにあるんすか、その宿は!?」


 キングの声の大きさにも臆さず、微笑みを張り付けた職員はしっかりした紙質の冊子を手渡した。ぺらりとめくれば、また地図だ。


「厳密にいうと、宿ではありませんが……こちらとこちらと、あとはこの辺りなどにございます。主に高貴な身分であらせられるお客様のお世話をされる付き人、そういったお客様や街の土産屋などを相手にされる旅商人、馬や馬車のために待機する御者の皆様が過ごせる簡易的な宿泊施設のことです。ここでは皆様、ご自分のことはご自分でお願いしております。常駐している従業員などはおりませんので」

「えーと……つまり?」


 受け取った冊子はこまごまと何やら利用説明らしき文章が載っているが、キングには読めない。眉を寄せて冊子とにらめっこしているのを見かねて、後ろで職員の話を聞いていたイデオが耳打ちした。


「要はユースホステルみたいなものだ。おそらく、大道芸大会のために来たほかの参加者と共用で過ごすことになる。ただし安価だ」

「な、なるほど……! 野宿よかそっちのが全然マシだな」


 野宿、という言葉に、案内所職員は顔をわずかにしかめた。


「大道芸大会に参加される方々も続々とこのスーベランダンにいらしてます。もしかしたら満員かもしれませんが」

「え? それはここではわかんないの?」

「はい、把握しておりません。役所の領分となります」


 思わず「つかえねー」とつぶやいたキングの尻をリッチーが後ろからしばいた。





「リッチー、疲れた? ボクの背中、乗る?」


 リゾートの風を受けながら、うんざりした顔のリッチーを慮るマックス。先頭を歩いてる長い耳は、心なしか少しうだっているようだ。


「平気だよ、ちょっと道のりが地図で見るより遠いけどね。あと人前や街中では変形しちゃだめだからね」

「承知」


 色とりどりの花が手入れされた広くて広く、とにかく広い庭園はたぶん自然公園なのだが、本来なら車上から景色を眺めて楽しむ場所である。そこを金を持たないキングたちは徒歩で行く。

 それでもキングのギターや演奏機器一式は、イデオのピアスに収納されているので、いつもより身軽なのは有難い。


 ちなみに観光用の御者がちらほらと走っているには走っているが、今朝のトラウマもあり、お金に慎重にならざるを得ない。金は異世界であろうと天下の回り者なのだ。


「ノーアウィーンでは王政の国がほとんどだ。奴等が実権を握っている。俺達のような一般庶民は機嫌をうかがって当たり前なんだ。そして大抵そいつらに仕えている者どもも、態度がすこぶるよくない。気を張れ」

「え、そうなん? でもフレディアは」

「でないと、バッサリいかれるぞ」

「ば、ばっさりッ!?」


 大名行列を横切った宣教師が江戸の時代にバッサリ切り伏せられた話は聞いたことがあるが。

 まさかそんな世界観に自分がいるとは思ってもみなかった、という表情のキングは、よくよく思い返してみれば、高卒で上京してミュージシャンを目指したゆえに、社会人らしい大人な振舞いを会得していない。これは思ったより面倒な予感がする、とキングは頭をガリガリといた。


 ついでに言葉遣いをなんとかしろと人生の先輩であるイデオに叱られるが、そんなことを言われても、自分では何が間違っているかわからないものだ。(富山弁は隠せているつもりだ)


 キングが馬耳東風にお小言を右から左に流していると、リッチーのだれていた長い耳が、ピンと立ったのが目に入った。


「どうしたんだリッチー?」

「……向こうから剣戟けんげきの音がする」

「けんげき?」


 キングが首を傾げている間にも、リッチーの耳はアンテナのごとくくるくるとよく動き、音をつぶさに拾っている。


「あっちの方だ。僕達が向かってる方角、宿泊施設の」

「剣? 戦闘か?」

「わからないけど、でも叫んでる声も聞こえる……あっ」


 そう聞くや否や、庭園の整えられた低植樹を跳び越え、イデオは走り出してしまった。公園から外れた森の中へ、白い影はあっという間に見えなくなった。


「おい、出穂さん!? 天使族って戦闘民族だっけ」


 キングの問いにマックスだけがふるふると首を横に振る。


「とにかく追いかけないと! キング、マックス、行こう!」

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