note.45 今も耳に届く、ハードロック。

 灯台の命がパチパチと燃えているが、現代日本のような大きなLEDライトなどではないので、いつ消えてしまうやもしれぬ。

 そんな淡い希望を嵐の前に立ちふさがり、キングは仁王立ちでギターを構えていた。


 そして、腹いっぱいに潮の香りのする空気を吸い込んだ。


「今日は嵐に負けねえ男ことキングが、アーリェクに太陽を呼ぶぜェーーーーーーーッ!!!!!!!!」


 嵐の大海に向かって、しかも戦闘中の人に音楽を届けるなどと、荒唐無稽。

 しかしそんな傍若無人な行いを、キングはこれからやるのだ。


「うわっと……! さすがに灯台の上は風が強いな……」


 リッチーは機材をかばいながら、モルットには大きめの黄色いコートで雨風をしのぐ。この町ではいろんなものを借りた。借りを返すなら、ぜひとも平和を返したいものだ。


 リッチーは、船を降りた時とは打って変わった様子で町を走り回っていた自分に話しかけてきたキングを思い出した。

 キングは、爛々らんらんとした瞳でリッチーの両肩を力強くつかんできた。


「俺は歌うぜェ!!」

「……あのね、こんな嵐の中で放電したら、僕もキングも感電するよね?」


 そして、キングはリッチーに冷静に怒られていた。


「確かに雨が降ると、こう、気持ちがたかぶるというか……わかるけども」

「じゃあやっぱ歌うしかねえよな!!?」


 リッチーはため息を吐きながら眉間をいた。


「あのねえ……今はさあ、不特定多数の命が脅かされそうになっていてね……」


 これはあきれているのだ。

 キングは二十五歳、リッチーは十五歳。いい大人が中学生に説教をされていると捉えていただいて構わない。


 キングが丘の下の町の中心部に戻った時点で、住人のほとんどが移動を始められる状態になっていた。リッチーやヒカレ、フクメも走り回って、店や家々をくまなく声をかけていたのだ。

 それどころか、比較的体力がありそうなアーリェクの若い漁師も手伝って避難を協力して進めてくれている。


 キング達が船を降りて三十分足らずのことであった。


「ていうか、何でそんなに元気なのさ?」

「俺も、マックスと出穂いでおさんと一緒に戦うんだよ!」

「はあ? 何を言って……イデオ?」

出穂いでおさんが帰って来てんだよ!」

「それを早く言ってよっ!」


 思わず大きな声が出るリッチーである。


「出穂さんにマックスが魔物と戦ってるって話したら、すぐに出て行ったんだ」

「そうなの? イデオが強いのは知ってるけど、【めん】から戻って来たばかりなのに……」


 リッチーはモルツワーバでの野外ライブ前に、魔物から助けてもらったことがあった。

 狭い山道でのことだったが、戦略から行動に移すまでの速さ、無駄のない仕留め方まで、確かに対魔物でいえばイデオはスペシャリストに違いない。

 それでも懸念があるのは彼の疲労だ。


「前にイデオが【負の面】のこと話してたよね、魔物がいっぱいいるところだって。戦ってきたすぐ後に、また大きな魔物と戦うんだよね?」

「まあ、そうなるな」

「いくらイデオでも……」


 魔物に殺された近しい人を知っている。

 今はピンピンしてるキングだって、ついこの間身を挺して魔物に吹っ飛ばされていた。

 そんなことがある度に、リッチーは己がやられたわけでもないのに、息が止まりそうな気分になる。


「それでも戦うって言ってくれたんだから、信じようぜ? な!」


 現在に至るまで、マックスをあんな危険な海へ独り置いてきた。

 リッチーとキングはいつも戦闘の蚊帳かやの外。

 いつだって誰かが何とかしてくれなければ、二人の旅はそこで幕を閉じる。


(力が無いって悔しい……)


 歯がゆい。

 それに腹の中がぐるぐると忙しない。その渦巻きが腹から頭へ上ったかと思うと、手足へ伝播でんぱし、また腹へ。


(この世界は、どうして僕達をこんなめに合わせるんだろう。力があっても、誰かを守るために命を張らなければならないし、力が無い者はただ打ちのめされるしかないのか……?)


 ぐっと唇をみしめる。


「リッチー、しけたツラすんなよーだから歌うんだろ?」


 だというのにこの音楽バカは、リッチーのほっぺをつんつんつんつんと突いてくる。とても鬱陶しい。


「だから歌う? 何言ってるんだよ! こんな時に歌っても」

「リッチー!! 俺達は何で旅を始めたんだ!? 忘れんなよ!!!」

「何でって……」


 そうか――。


 頭の中にぐるぐると湧きあがっていたもやが、キングの言葉で晴れていく。


(そうか、そうだ! 戦い続ける人達のために、泣く人達のために、立ち上がる人達のために、僕達は音楽を届けるんだ……!!)


 ひと際ぎゅっ、とリッチーの肩がキングの大きな手で包まれる。


「行こう、キング!」

「行こうぜ、リッチー! 丘の上まで競争な!」


 だから何でそんなに元気なんだ?

 そう思いながらも、キングの背中を追いかけて横殴りになった大雨の町を走っていた。




「じゃあ早速聞いてくれ!!!!!」




(地上で町長さんが手を振ってくれてる……! 拡声器はちゃんと働いてるみたいだ!)


 灯台の小窓から見下ろすと、キングが初めてこの町に来てから会話した第一村人――赤いうろこの目がギョロっとした大柄の魚人が、こちらに合図を送っていた。彼が町長だったのだ。


 リッチーは灯台の階段付近で待機し、電源と音響を担当する(雨にれるとショートしてしまうため)。拡声器を使うのは初めてだし、見るのも、存在を知るのも初めてだ。

 本来、この拡声器は他所よその客船なんかがアーリェクの港に停泊する際の案内や誘導に使うものだ。それを貸してもらったのだ。


 キングが持ち込んだ小型のスピーカーの五倍以上はデカいそいつで、爆音どしゃぶりライブを決行された。


(あの宿で不安に駆られながら避難してる人達にも、きっと聞こえてるんだ。頼むよキング、歌って――!)




「あのバカ……! 何やってんだ」


 波の音。雨の音。風の音。魔物の喚き声。

 そのすべてを差し置いて、届くリズムはイデオの頭の中に無頼に音楽を形作っていく。随分と勝手なことをしてくれる。


 ここまで声が聞こえるということはイデオが別れた、丘の上の宿にはキングはいないということだ。そしてリッチーも。大嵐の来ている海が危険なことは承知のはずだし、そもそもキング本人の口から「町の人を高台に避難させている」と聞いた。


 イデオはだんだんと痛くなる頭と目の前の問題に、ついため息に思考を逃がしたくなった。


 だが目の前の問題――マックスはそうはさせてはくれない。絶賛交戦中だ。

 炎刀になったマントでマックスの四つの腕を組み止め、灼熱しゃくねつで圧し返す。


 中・遠距離になると、こちらも手は無いことは無いが、マックスの手数には負けるだろう。しかし近接で油を売っている内に町が魔物にやられては、元も子もない。


(まったくつくづく面倒な事に――……? マックスの攻撃の手が、止まった?)


 バックステップで炎刀を構え直し、相手の出方を見定める。


(何だ? 何処どこを見ているんだ? ……いや、旭鳴あさひなの歌を聞いているのか!?)


 マックスは港の方角を見つめている。

 厄介に思っていた四本の腕はだらりと下がり、元は人間の少年ほどの体躯に馬力と高さの優位性をかさましさせていた馬の半身も、静かにその四肢を海面に立たせていた。


「聞コエル――……お父さんの、やさしい声……」

「お父さん――って……」


 イデオはやっと思い至る。マックスとこのホムンクルスを名付けたのも、この声も同一人物。すなわちキングを指していると。


「やさしい声ではないだろ、ハードロックだしシャウトしてるし」


 ホムンクルスの音楽観はよくわからない。


 だが、これだけは言えそうだ――マックスは音楽が理解できている。

 それはイデオにとって、音楽の無いこの異世界では仲間足りえるに十分な理由だ。


 イデオは肺の中の詰まって腐りそうだった息をようやく吐き出した。

 炎刀も解除し、陽炎かげろうは瞬時にマントの形を取り戻す。


「おい、マックス。まだ魔物はうじゃうじゃしてる。お前は旭鳴あさひなとリッチー、町の方を守れ」


 向けられていた殺気は消えている。イデオは確信をもってマックスに指示を出す。


「ボクに指図するな、天使。アサヒナ……お父さんはボクが守ル」


 思った通り、会話が出来る。


「俺は天使じゃない。それから、お前の味方だ。お父さんとやらに確認しておけ。二度とみ付いてくるなよ」

「天使じゃ、なイ? ……うん、お父さんに聞ク」


 意外に素直だ。こくり、と頷く様子は言いつけを守ろうとする子供である。


「俺は沖の方の大物を一掃する。その間の湾岸の守護を任せたい」

「二度も同じことを言わなくていイ。分かってル」


 マックスはそう言い残すと、まるで水面を走るように駿馬特有の優雅さで岸の方へ行ってしまった。


 結局コイツは何だったのか――後ほど知る必要はありそうだが、とりあえず、有象無象の魔物達を片付けるのが先だ。これからが本番なのだ。


 今も耳に届く、ハードロック。


「俺がいる時に演奏しろよ、気の早いヤツだ」


 それが存在するだけで、己の帰る場所があることを想う。


 かくしてアーリェクの嵐は去ったのだった。

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