set list.8―サンセットビーチをもう一度

note.46 ところで、萩原旭鳴はらーめんが好きである。

 ところで、萩原旭鳴はぎわら あさひなはらーめんが好きである。


 出身地の富山県には言わずと知れた(多分)、富山ブラックなるらーめんがある。

 それとはまた別に、らーめんはよく食べたし、好んで夜食の共にしていた。


 中学、高校生の頃はわけもなく腹が減るので、家ではもっぱらカップラーメンを深夜の誰もいない時間帯に食卓で、音も立てず|

 すすっていた。

 上京してからは不規則な生活で朝食や昼食といった垣根はなく、腹が減ったら食べるという日常であった。有難いことに、だいたいどこの町でもあるチェーン店は開いていて、無料でライスが付いて来たりした。もちろん重宝した。ほかに、コンビニで新作カップ麺を購入したり、初めて赴く街でもらーめん屋があるかチェックしたりした。

 つう、というほどではないが、愛好家ではあったのだ。


 だがしかし、それほど愛したらーめんも、異世界にはあるはずが――


「あるぞ」


 と事も無げに言うのは、イデオ。


「……え? えっ!? らーめんだよ!? 嘘だろ!?」

「いちいち声がデカいんだよお前は……。日本のらーめんに近い物っていうか、『ポナイマハッヨロ』っていう料理なんだが」

「な、なんて?」




 いつの間にか夕時のアーリェク。


 早朝から続いた魔物との激闘は、マックスとイデオの活躍により、長い一日を終えた。

 それは一日間の戦争ではあったが、百年間の暗い時代の終焉しゅうえんも意味する。


 当初の敵であったクジラ型の大きな魔物、アーリェクの港に上陸せんと迫りくる有象無象の魔物達、それに加えてより大洋からやって来た魔物(クジラ型を倒したことによりボスの後釜を狙ってきた)を、ことごとく無に帰す。その戦いぶりは凄まじく、しかしながら圧倒的な精鋭的実力差で二人はこの町の英雄となった。そもそも魔物討伐のスペシャリストであるイデオの敵ではなかったということだ。


 そんなこんなで退治した直後の海は塵芥ちりあくたと魔物の体液で真っ黒く汚れていたが、すぐに従来の青さを取り戻し、水質もキング達が来た時より良くなったと、ヒカレが言っていた。心配していた生業なりわいの漁も再開できそうだということだ。


 アーリェクの平和がよみがえったのだ。


「こんなに嬉しいことはねエッ!! また大漁旗を揚げられる日が来るんだ!!」


 ヒカレは終始ご機嫌で、でも涙も零しながら今までの苦労をリッチーに聞かせていた。もちろん酔っぱらっている。


 祝宴が開かれたのはフクメの一家が経営している宿だ。町の住人もちょうどここに一同集まっているわけだし、めでたい日にやることといったらそれしか無かろう。町中の住人が集まってるというだけあって、しかも祝勝会であるからして、騒ぎは大変なことになっている。

 酔える者は酔い、小さな子供は駆け回り、無礼講無礼講と年長者は微笑む。フクメ一家は世紀末的忙しさであるが、観光地だけあって厨房ちゅうぼうでは腕を振るい足りない他の料理人も出入りしている。やっとこの日が来たとばかりに。


 とは言いつつも、このお祭騒ぎの主役は他所者の英雄ではなく、やはりアーリェクの住民であった。

 冒頭のキングとイデオの会話は、壁際で隠れるようにしてぼそぼそと行われたものである。


「ヒ、ヒカレさん……飲みすぎですよ。明日も早いんでしょう?」


 リッチーはたしなめながらも、自分の自由を取り戻そうと言葉を選んでいる。さすがにモルツワーバ鉱山で肉体労働系の大人たちと仕事していただけあって、扱いが上手である。


「いいやっ、今日はとことん飲むぞ。なあ町長オッ!!」

「ムハハハハハ! あったりめえだ! おい、町の英雄さん達にも酒を!」


 ヒカレとギョロ目の赤い魚人の町長は肩を組んで、リッチーやマックスに酒を飲ませようとする。リッチーは未成年なのでなんとか辞退しようと、またたじたじする。


「リッチー、お酒、いや? ボク、代わり、飲む」

「う……マックスは昨日生まれたばかりの赤ちゃんじゃないか……そんなことさせられないよ」

「赤ちゃん、チガウ」

「なら後見人に許可を取ってみる?」

「後見人。お父さん?」

「うん、キングに」


 アーリェクに暮らす魚人達は大雑把で、陽気で、酔うとだいぶ声が大きかった。

 そう考えると、この宿の一人娘のフクメは大層浮いた存在だ。


「フクメさん」


 ごちゃつき始めた宴会場をのんびりお酌して回っていたフクメを見つけて、リッチーは声を掛けた。見当たらなくなってしまったキングのことを聞こうと思ったのだ。


「キングさん……は、あおい髪の人と、……たぶん、いっしょに、いる……かな。呼ぶ?」


 ところが、大きな声でフクメの名が呼ばれる。酒の催促だ。


「あ、まだあるかな……お母さんに、聞いてこないと……」


 どうやら忙しいようだ。フクメの動作スピードではなかなか察することは出来なかったがあたふたしているのはわかる。


「えーっと……、ヒカレさん、お酒ならキングが飲んでくれると思いますから、ちょっと探してきますね」


 仕方なくリッチーは自分でキングを探すことにした。それがこの席を外すいい言い訳にもなる。


「なんだアー? リッチーは俺の酒が飲めねえのかアー? ラックは弱くても付き合ってくれたぞ?」

「あのですね、僕は未成年なんです」

「チッ、ならあの声のデカいニイチャン呼んできな。あと魔物追っ払ってくれたネエチャンも。祝杯と行こうぜエ!」


 ネエチャン、は多分イデオを指しているのだろう。ろくに紹介もしていないので、見た目だけで勘違いされているようだ。


 リッチーはマックスを連れてヒカレと町長のテーブルをようやく離れることが出来た。もう二度と戻るまい。


 そんな少年達の後ろ姿を見て、ヒカレと町長は窓の外に目をやった。その視線の先には大きく真っ赤な太陽が地平線に沈んでいく景色があった。沈みゆく近くには白い恒星らしき物がうっすらと浮かんでいる。それだけでは無い。小さいながらも大きな太陽に負けじと光り始める星や、その他天体。

 宇宙の姿が見え隠れする時間帯だ。


「ハハっ、今日もアーリェクの夕日はきれいだなあ」

「フン、もう日没の時間かア……まだまだ、夜が長いどころの騒ぎじゃあねえなア!」

「……なあヒカレ、ラックの息子が連れてきたあの男は一体何者なんだい?」

「あん? 知らねえよ」


 そんなことには興味ない、といったように、ヒカレはテーブルにあった最後の瓶を己の杯に傾けた。町長とは同世代の間柄、手酌でも何の問題も無いのだ。

 だがその瓶からは透明なしずくが一滴供されただけで、ヒカレは渋い顔で瓶の中をのぞく。


「こんなご時世に小さくまとまろうとしねえ……守りに入らねえ人間族なんて、初めて見たぜ。人種の坩堝るつぼの王都にもあんな男はいねえだろうよ。なんたって、ここから海を渡ろうとしてるらしいじゃねえか」

「それぁ俺がさっき話したことだろうがよ。町長サン、さては酔いが回ってるなア?」

「うるせ。……なあ、アイツはどっから来た? 灯台から何をしたら、魔物が鎮まるんだ?」

「だァから知らねエっての! それこそラックの息子の、リッチーに聞けばよかったじゃねえか」

「灯台からデケェ声で何か言ってたろ? ありゃあ何だ?」

「何で俺に聞くんだよオ!? どうしたお前エ?」


 すると、町長は寒気を覚えたかのように、腕をさすった。


「アイツ……ただの旅人じゃあねえよ、大きな声で……ありゃあきっと呪術だ! 魔物を鎮めるための、何かをしたに違ェねえ……ただの人間じゃあねえよ!」


「キングは、ただのミュージシャンです」


 面倒な大人に囲まれたくないと思って一度離れたテーブルに、つい戻ってきてしまった。

 リッチーは呆気あっけにとられる町長とヒカレに言い放つ。


「ただの人間だけど、ただの人間じゃない……音楽を愛する、ただのミュージシャンです!」


 聞こえてしまったのだ。敬愛する音楽とそれを体現するキングを、不当におとしめるような言葉が。

 それを耳にしておいて、背中を向けたまま立ち去るなんて、リッチーには出来なかった。


(いや――ここで僕が何を言っても、結局無駄なんだ……バザールでもキングの歌や音楽が勘違いされてたけど、あの時、僕が何をすれば良かったのか……どうすればキングの想いを勘違いされずに届けられたのか……考えれば考えるほど、僕独りじゃダメなんだ……!)


 ギョロ目とサメ頭の鋭い目つき。

 その眼は、「何を言ってるんだ?」と問うてくる。


 リッチーは己の無力さを、肉球の中にきゅっと握りしめた。


「お父さん、ただの人間。これ、ホント。呪術なんて、使えない」


 その間に、マックスが入る。

 いつもの無表情ながら、首を横に振って意思表示をする。それだけなのに、リッチーはまだ顔を上げていられる勇気がちょっと出た。


「まア、確かに。そんなんが使える怪しい人間だったら、金むしられたり、もっと酷ェ事しそうだよなア。そもそも町を助けたりなんかしねえか」


 ヒカレは異常な強さの恩人であり英雄が言うのだったら、とあごをさする。

 しかしキングの演奏を間近で見ていたのも町長だ。椅子から立ち上がって大きな口をはくはくと開く。


「でも俺は見てたんだ! 得体えたいの知れねえ長物を操って、なんつーか……――そうだ、胸がざわざわするような音だった! 誰もいない海の方向に、大声で続けざまに出しやがったんだ! それにキンキンした音も……あんなの聞いたことがねえ! きっと俺達が知らねえ怪しいブツなんだよ」

「そうは言ってもよオ、町長。俺達が何を知らねえって、何も知っちゃいねえじゃねエか? 百年前の異変があってから国の流通は世界丸ごとストップだ。世界で今何か新しい事や物が生まれてても、こんな端っこの俺達はすべてを知れることはねえだろがア」


 ヒカレがぼやきながら酒瓶を手当たり次第に振る。テーブルに乗った瓶はみんな空のようで、ヒカレが鋭い目つきで底を覗いても無いものは無かった。


「そうだろうけどよ……」


 町長はそれでも何か言いたそうにうなる。


「それなら、確かめてみませんか!?」


 リッチーはオッサン二人に詰め寄りテーブルに手を突いた。

 格好は付けたいが、小型のモルット族にはこのテーブルは大きすぎる。リッチーは魚人の大人二人を見上げる形になった。


「確かめる……? どうするんだ?」


 町長のギョロ目がぐりんとリッチーを胡乱気うろんげに見下ろす。

 リッチーはそんな表情でもおかまいなく、と笑ってみせた。


「キングの音楽を――歌をもっと聴いてみませんか? さっき胸がざわざわしたって言ってましたよね? ほかにももっと、ドキドキしたり、ぎゅうっとなったり、ほっとしたり……いろんな音楽、聴いてみませんか?」

「だから、俺はそんな恐ろしい術はイヤだって」

「いいじゃねエか町長! 酒ばっかも飽きてきたことだし、せっかく来てくれたアーリェクのお客さんと盛り上がろうやア!」

「決まりですね! 準備します! 行こう、マックス」


 早速とばかりに、リッチーは宴会会場を後にした。背後では「まだやるなんて言ってねえぞ」と町長が叫んでいたが、聞こえてないことにした。

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