note.44 (もう知らんッ、全部旭鳴に責任を取らせよう!)

(フ・イルフォ・タン・プロジェ!)


 炎の渦がイデオとマックスの視線の狭間はざまを駆け抜け、海と空の境界を貫いた。

 イデオの音声コードにマントが反応して太陽からの熱波を放射したのだ。


 しかしそれも牽制けんせいである。咄嗟とsっさに身をかわしたマックスの体勢が整う前に、イデオは目の前のそれを蹴り飛ばした。

 その一瞬後にイデオの背後でマックスの光線に魔物が焼かれ破裂する。どこまでの海を焼却したのか、ぎょっと振り返ったイデオの目に映ったのはぽっかりと丸く風穴が空いていた魔物のトンネルだった。


(チッ、めちゃくちゃな反応速度、武器、破壊力……もっとキーロイからホムンクルスについて聞いておくべきだったな)


 戦場は水中から、再び嵐の海へと移る。


 イデオはマントから放つ熱でれネズミになった己の湿気を飛ばした。首に張り付居ていた長髪も背中に追いやり、しつこくねばこい海水に舌打ちする。口の中に入った塩気も吐き出した。

 一方、マックスは海水に頭までつかかったことも問題無いようで、忌々しそうに熱風にはためくイデオのあおい髪と白い装束をめつけていた。


「天使ノ分際デ……!」

「フン、動きが直線的なんだよ」


 一度は蹴散らしたというのに、小魚か何かを模した魔物達はもう群れを成していた。小型の魔物ほど知能は低い。

 足場を変えながら、イデオは速攻を決める。


 その間一瞬も視線を逸らさないマックスは、イデオの手の届かない空にいた。マックスの頂き物の黒いポンチョは弾ききれない水滴を海に落としている。


 そして、カウントダウンが始まった。


「グレードヲ上ゲル――サイホルク、……ケイネム


 異様な空気感。

 イデオはマックスに迫りながら逡巡しゅんじゅんする。


(グレード……? ホムンクルス、まだ何か秘策があるのか? ただでさえこれほどまでにイミワカラン武器が搭載されているのに――ならば、早めにカタをつける!)


 ぐんっ、と足場にしていた魔物を蹴り、炎を噴射した勢いのままにイデオはマックスに躍りかかった。

 スピードを殺さず回転蹴り、二撃目でかかと蹴り、とどめにマントから火球を連撃する。


 しかし蹴りをとらえたのは、二対目の褐色の腕。

 曲がりなりにも人に近い形をしていたマックスだったが、同じ肩甲骨から褐色の腕が二本生えたのだ。腕は計四本になる。

 蹴りを受け止めた腕が生えたことにより、ポンチョは容赦なくビリビリと裂けてしまった。その布切れは火球に燃やし尽くされ、文字通り海の藻屑もくずと消えた。


(何が起きている!? 変形……このカウントはホムンクルスを変形させるためのコードなのか!?)


 イデオが目をみはる間にも、マックスの身体は人型を失っていく。


ルデアナクシ……ショークー――ッ!!!!」


(数え終えたのか!? 一度、退避を――っ!?)


 少年のような格好をしていたマックスは、今や青年の鍛え上げられた上半身と四つの腕を持った、下半身は馬と見える奇蹄類きているいという化物に成った。さながらケンタウロスのような姿ではあるが、二つの瞳は変わらず煌々こうこうと殺気を放ち、四つの腕を振り上げ、前脚はいななく暴れ馬のようにもたげられる。


 とにかく、五つ数えるうちに、何段階かの変形を経て、マックスは人の形を捨てた身体へ変貌したのだ。


(ホムンクルスとは、なんなんだ……これが、対天使族用無生物兵器――!)


 驚嘆するイデオを嘲笑あざわらうかのように、


「天使、殺ス――」


 唱える物騒な言葉は姿を変える前と同じであった。


 マックスは四つの腕を自在に操り、加えて機動力の増した半身で足元の魔物を軽快に踏みつぶしながら、猛牛のごとき勢いでイデオに突進した。


(もう知らんッ、全部旭鳴あさひなに責任を取らせよう! 手心なんて場合ではない!)


 イデオも立ち上がり、迎撃の構えを取った。

 輝きのマントは嵐の中でも高貴な金色を振りいている。塩気多い水分は、マントの熱気で十分に乾いていた。


 両者の殺気が交錯する――――


 その時、横入りしてきたのは思いがけないものだった。




「お前らァッ、俺の声が聞こえるかアァアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!????」




「……は?」


 この声は聞き間違えるはずもない。キングだ。


(なぜ……ってか何やってんだアイツ!? バカなのかアホなのか!? 安全なところにいろよ!!)


 あまりにも馬鹿デカい声が海上に響き渡る。

 嵐をものともしない真っ直ぐな叫びは、まるでここが野外ライブ会場になってしまったかのように錯覚させる。




「じゃあ早速聞いてくれ!!!!!」





   教えてやろうか お前が苦しむ訳を

   そう言って悪魔は降り立ったんだけど

   その戯言に 俺はおぎゃあと言ってやったんだ


   日曜の祈り 祝福など

   もらいに集まるのは亡者か? Well?

   自分の足で 光の下にヘッスラかませ


   生命の神秘 授かったギフト

   俺は生まれ落ちた

   生命の神秘 授かったギフト

   携えて覚悟 決めろ!


   いのちのち 気分爽快 beautiful future !

   いのちのち Let its power captivate the sublime world!(その力で崇高な世界をとりこにしろ!)

   いのちのち Bark the vow that will revolutionize their wildest dreams !(奴らの夢想を革命する誓いをえろ!)

   いのちのち Obey the blood that flows, and let it mark the age until its time comes!(たぎる血潮に従え、その時が来るまで時代に刻み付けるのだ)




 「聞コエル――……お父さんの、やさしい声……」


 マックスは虚空を見つめている。

 先程まで獰猛だった四本の腕は、だらりと下がり、羊追いの犬より大人しそうに尻尾を垂らしていた。

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