note.41 「マックス、お前……カタコトどこやったん?」

「マックス、お前……カタコトどこやったん?」


 違和感がある。

 キングは手短にそれが何か考え、結果。


「モード切替中は出力も変わル。そんなことより、早く港ヘ!」


 そんなことより、と言われてしまった。

 親の心、子知らずなのか……キングはうむぅ、とうなってうなずくしか出来なかった。


「逃げて、ってどういうことなのマックス!? マックスはどうするの!?」


 リッチーはマックスのポンチョをきゅっと握った。まるで「もう危険な海へは飛ばないでほしい」と言わんばかりに。ポンチョから潮水が滴った。


 マックスは流暢りゅうちょうな言葉でここまでの戦況を話した。

 殲滅せんめつには至れないが、ここいら海域を荒らしている親玉らしきクジラ型魔物を発見した。大層デカいが倒せないことはない。


「リッチーは電気危ないから、海水に気を付けテ。それから、アーリェクの住人を、なるべく高いところへ避難させてほしイ。魔物が暴れて津波になることもあル」


 沖から港へ戻る途中だったヒカレの船は、マックスが帰ってくるまでに何度も木の葉のように揺らされ波間を頼りなく漂っていた。あれは荒天だけではなく、マックスと魔物との死闘から来るものだったのだ、とようやく合点がいく。

 ならば自分達にできることは限られている。


「わかったよ、マックスも気を付けて……!」

「リッチー、安心。ボク、最期までみんなを助けるかラ。だから、お父さん達は避難ヲ」


 それを聞いて、リッチーはマックスの火の瞳を確認した。それから船室にいるヒカレの元へ走った。


「んでマックス、あとどれだけ魔物がいるんだ? そのクジラ型っていうボス魔物だけじゃないんだろ、危険な奴等って」


 物分かりのいいリッチーの小さい背中を見送って、キングはマックスの頭をくしゃくしゃと手のひらででくり回した。マックスはされるがままに、首がぐらぐら揺すられている。特に嫌がって止めようという気はないらしい。


「たぶん、遠海の方からも同じような大きさの魔物が来てル。どのくらいか、ワカラナイ……ちょっと危なイ?」


 マックスの跳ねっ毛からぱっとキングは手を離すと、何かを思っているのか無表情ながら離れていくそれをじっと見つめる。その様は猫を彷彿ほうふつとさせた。

 マックスの古風な編み込んだ横髪もしんなりと大人しく、甲板も水浸しだが明らかにその位置だけ遊ぶ水量が多いのを見止め、キングは苦笑する。


「ムリするなよ」

「まだ大丈夫」

「……マックスは、うちのベースなんだから特に手のケガには注意しろよ。まあ、まだ楽器はないんだけど」

「ボク、お父さんを支えたイ。――いってきマス」

「おう! 行ってこい!」


 灰色の空。なびくポンチョは高速に沖の方へ飛んで行った。戦いの海へと――。


「マックスは俺の息子だ! 息子を信じるぜ!」

「……やっぱそういうノリなんだね」


 状況を伝言したリッチーは意味深に荒れ模様の景色に眉間を寄せるキングの隣で嘆息した。

 ヒカレの船は不穏にうごめく空の下、全速前進、アーリェクへ帰港する。




「フクメさん起きてるかーっ!?」


 キングの大声が宿の一階フロアに響き渡り、バイガイの魚人家族はそろって貝の中にその姿を隠してしまった。ほかほかの朝食を残して、レトロな三脚の椅子には大きなバイガイが乗っかっている。客のいない食堂で朝食をとっていたところだったようだ。


「な、なんなんですか……? 大きな声、びっくりしちゃいます……」

「緊急事態なんだ! 飯食いながらでいいから焦ってくれ!」

「ひ、ヒェ……どういうことですかあ……?」


 フクメの母親も父親も、バイガイの穴から顔だけでキングの様子を盗み見ている。


「これから大津波が来るかもしれない。だから、アーリェクの町の人をこの宿の中へ匿ってほしいんだ。ここの宿は高台にあるから」


 フクメの一家が経営しているこの宿は、アーリェクの港町の中でも海抜からいっとう高い位置にある。中心街は浜辺からほど近いし、漁師街の海沿いはいちばん最初に流されるだろう。

 そのあたりにいる住民を丘の上のこの宿に避難させたい狙いだった。


「な、なんで……津波なんか……」

「今、俺の仲間が大きな魔物と戦ってるんだ。アーリェクの港町を困らせてる、あの魔物達な。ほんで危ないからってんで避難を」


 フクメは少しずつだが貝から体を出して、キングの話を聞いてくれた。


「それって……あの、子……?」

「あ、そうそ! ポンチョ譲ってくれただろ? あれを着てるマックスが戦ってくれてる」

「そう、なの…………」


 バイガイの家族は顔を見合わせながら、視線だけでまさか、と会話している。(一家そろって物静かな性格なのだ)


「リッチーが先に町の下の方に声を掛けて回ってくれてる。サメ頭のヒカレさんもだ。俺もあっちに加わって来るから、フクメさん達は受け入れの準備をしててほしい。頼んだぞ!」

「ま、待って……! 魔物と戦うって、その……いつ?」

「もう始まってるかもしれないし、とにかくキンキンだ! よろしく!」

「は、はぇ~……」


 返事らしい返事ではない、どちらかというとフクメの悲鳴を背中で聞いて、キングは再びアーリェクの街中へ飛び出していった。


 嫌な風が吹いている。

 マックスを再度見送った頃は雨が止んでいたのに、またしても空が泣き始めたようだ。ぽつりぽつりと丘の上の宿から中心街への道に小さな染みを作っている。


「やべえな……急がねえと!」


 丘の斜面は舗装はされているが、ただの斜面だ。階段なんて手の込んだ物は無い。転びそうになりながら走り降りていく。

 海の方へ視線を遣ると、あの黒いポンチョは見えないが、海上にどす黒い雷雲が低くこちらへうようにやって来ていた。おそらくそこが魔物のいる位置なのだろう。そして、マックスがそれらを引き受けようと、一人で待ち伏せている場所でもある。


「さっきまではちょっとだけ止んでたのに……この天気は、魔物のせいなのか――?」


 リッチーに以前聞いた、ノーアウィーンの異変と魔物の出現時期が同じ、という話を思い出す。何か関係があるのかもしれない。


(でもそれは俺の担当じゃねえ。そういうのはたぶん、あのキーロイとかいうヤバい人達が何とかすんだろ、天使族とか――出穂いでおさんもいろいろやってくれてるはずだ……何やってるかは具体的によく知らんけども)


 丘は中心街の路地につながる申し訳程度の階段で降りきる。これしきの階段を一歩一歩下りる時間も惜しく、キングは飛び降りることでショートカットした。


 しかし着地する、というその時、白く艶がかったきれいな小石がエンジニアブーツの下に転がるのが見えた。


「ぐわっ……!?」


 避けなければ足をくじく。そう思った瞬間、まばゆい閃光がはしる。

 キングは着地点を一瞬見失い、固い路地に転がって受け身を取った。


「な、なんだ!? こんな町中にも魔物がっ?」


 振り返って見ると、そこには見覚えのある純白のマントと民族衣装に包まれた、あおい長髪。見間違えようもない。けれども、膝立ちで項垂れるように力なく肩を落とし、表情は見えない。


「もしかして、い、出穂さん……か? 出穂さん!?」


 ぐらり、と横倒れに路地に伏せてしまった。

 キングは慌てて走り寄り、ぎょっとする。あおい前髪の間から、真っ赤な血がどろどろっと流れ出しているのを見つけたからだ。


「しっかりしろ、出穂さんッ!!! 今、手当てできそうな場所に連れて行くからな……!」


 街には病院や医院もあるだろう。だが、今だけは危険だ。

 キングは出穂を担いで、今し方走り降りてきた丘を上り始めた。

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