note.40 じゃあな。
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調和が大事なら、とっとと家に帰って大人しくしていてほしい……。
イデオはそう思わざるを得ない。
ため息まじりに眉間に溜まった
(このニゼアールとやらが言ってる神託というのは、たぶんキーロイからの指令かなんかだろう。天使族に何らかの方法で機構からの方針を送り、ノーアウィーン世界に介入している……ということは、――こいつ達は自覚してるのかしてないのか――キーロイ直属の現場部隊といったところか。それならエール・ヴィースもキーロイと生前仕事を組んでいた理由が説明できる。なるほどな)
細く息を吐きながら、未だ下りてくる気配の無い絵に描いたような天使をギッ、と
(そして、ニゼアールに下ったキーロイからの命令は――名前の由来である”調和”から察するに――キーロイの進めるプロジェクトの邪魔をする俺の無力化……彼も口にしているように、俺を殺す……ということだ)
しかしキーロイは他にも幾重に渡ってイデオを陥れる作戦を持っているに違いない。
(まったく迷惑な上司だ。死亡して消滅寸前の俺をヘッドハンティングで転生させたかと思えば、自分の意にそぐわない事をすればもみ消そうと躍起になり……どこも大きな組織になればなるほど、こんな奴はいるもんだな……勝手をやった俺が首切られるのは、まあ納得だけどな)
イデオは生前、兼業ドラマーとして音楽を活動をしてはいたが、そもそもの本業はITの技術者であった。
ドラム自体は中学生からスタートした芸歴である。高校では軽音部などの部活に入らず、社会人と有志でグループを作ったり、コミュニティを作って音楽を楽しんでいた。
バイトを始めれば、自分の技術を磨くためにレッスンに通うようになる。グループレッスンの形式だったが、明らかに葛生出穂の場数がその音として表れていた。
そこで講師からの「ステージで叩かないか?」という申し出を受けることになるのだが、それが遠回しに葛生出穂の殺害へと
(二度目の生、しかも俺を俺足らしめる音楽を携えて生きるからには、音楽中心に生きさせてもらおう。
イデオは小さなウインドウを呼び出した。ポータル由来の操作用だ。まだポータルの入口はイデオを受け入れていた。
(もう一つ、ここでの仕事を終わらせる。ピアスの
「調和……素晴らしく美しい響きだと思わないか? すべてが平等に安寧を得、そのゆとりが互いのやわらぎを祈っている。平和とは、遠く手の届かないものだと思えるが、こうした調和から一歩を踏み出せるのだ。――だが、それをお前が邪魔をした、エール・ヴィース!! 残念だが、神託に
うっそりと勝手に語り出すニゼアール・ヴィース。両腕を天に掲げ、雄大な白い翼を広げた姿は、まさに天上の天使を描いた絵画のように美しい。だが言っていることは物騒であるし、内容が薄い。
やれやれと
「このくだり、何度やればいいんだ……やれるものならやってみろ。この漂白剤かぶっただけのカラスが。カラスよりおつむは悪そうだがな」
ニゼアールの眼がカッと見開かれた。視線の先、全壊を免れていた神殿の屋根が爆ぜる。飛び散った
「救済などと身に余る名前を戴いておきながら、職務放棄とはなんたるザマだ。天使族の面汚しだ!」
続けざまにイデオの真上の空中が、足元の台座が、飛び退いた先の壁が、爆発し殺意が追いかけてくる。イデオはその度に最低限の足さばきで舞うように攻撃を
「これも何度も言っている。俺はエール・ヴィースではない。天使族はひょっとして三歩歩けば忘れてしまうような単細胞か? 羽が生えているものな」
「黙れぃッ!!!!」
今度の爆発はデカい。もう神殿など跡形もなくなった。
この不意打ちにイデオも吹っ飛ぶ。切れた空気がイデオの額を裂き、鮮血が散る。
「天使族の存在意義、即ち、この世界の平和を
とどめとばかりもう一発、
だがしかし、もうもうと上がる煙は、今のイデオにとってこれほど隠れ
その右手にはまだウインドウがあったのだ。
(予想外の敵襲はあったが、最低限、これだけは完了できた。俺は、生きて戻るぞ――!)
ウインドウには、
(これで簡単には旭鳴を地球には戻せまい……キーロイ、ざまーみろ)
「まだ生きていたか、運の良い奴め。このニゼアールの手を煩わせやがって……!」
黄金の輝きを放つマントでくるりと身を包んだイデオは、突いていた膝を払ってわざとらしく口を
「
「なんだとっ……!? ふざけるなッ、俺がおめおめと逃がすわけが」
イデオはピアスを右指で弾いた。すると、左手の中に真っ白な碁石のようなボタンが現れる。
「ニゼアール、これが何だか知っているか?」
「なっん!!? そ、それは神託にあった、鍵では……!?」
「お前らの中ではそういう扱いなのか。これは【
じゃあな。
そう言い残すと、イデオはその真っ白な碁石に吸い込まれるように、姿を消してしまった。そして碁石もまた、その場から目に見えなくなってしまった。
「待てッ
白い翼で急降下してきたが、ニゼアール・ヴィースの手は何も
周囲を見回しても、何かしらの奇術で姿を隠したわけではないことがわかる。ここにはもうイデオの気配も影もない。
ニゼアール・ヴィースは忌々しそうに舌打ちする。
「奴が何者なのか、ここで何をしていたか、俺は知らん。だが、俺に下された神託の通り、エール・ヴィースを聖域から追い出すことが出来た。早速、神の元へ報告へと向かうとしよう」
天使族は種族長が語る”神託”を聞き届け、その身が冠する名の通り、神の望みを実行する。それだけだ。それだけが、彼らの存在意義であり、プライドだ。
ニゼアールは何ものにも染められないまっさらな両翼を
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