note.37 「ボク、ベース、やる」

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「……さっきマックスのこと、ホムンクルスって言ってたよな」


 キングがマックスの寝ているベッドに腰かけた。板の上に布団を置いただけのベッドはスプリングがきしむことは無い。


「うん。体中の刺青いれずみみたいな模様は、マックスが言うところのおうちで施されたオーダーこん――つまり、ホムンクルスに与えられた命令なんだ。僕達にはそれが何かまではわからないけど……もしマックスが本当にホムンクルスなら、どこかで別れることになるよ。彼らには彼らの存在意義がある」

「ふうーん。出穂さんの天使族のことといい、この世界はなかなか窮屈だなあ」

「天使族と違うのは、ホムンクルスは生物として分別されてない。人みたいに動いてしゃべるけど、僕達とは全然違う存在なんだよ」


 マックスがどれだけ未知の存在で自分達の手に負えないのかを、リッチーはなんとかキングにわかってもらいたかった。キングが既にマックスに心許しているのが目に見えていたからである。


「日本って国にはさ、たくさん本があって、物語にあふれてるとこだったんだよ」

「キングの故郷?」

「そうそ。物語にはウソと本当のこと、どっちも書かれてる。日本にはホムンクルスいないから、物語のホムンクルスは嘘の存在だ。でも本当のことは、ホムンクルスにも考えてることがあるってこと。ヤツらにもいろいろ事情があるんだよ、どれだけ危険な奴らでもな」

「そう、かな?」

「俺はそうだと思う。だから、マックスのこともそう思ってる。こっちの世界ではホムンクルスがどういう奴らなのかって、俺は知らないけど、ここにいるマックスは俺の音楽で笑ってくれる。それを信じてる」


 キングはやわく口端を上げると、マックスの銀髪の頭を犬のように撫でた。マックスはくすぐったそうに特徴的な瞳を閉じた。


(そうだ……僕もそういうキングに助けられたんだ。自分の音楽に共感してくれる人には、滅法めっぽう優しいんだったね。キングはそういうヤツだったよ)


 リッチーももう一つのベッドに、キングと向かい合うように座った。そこから見るマックスは、褐色肌の少年が脱力して全裸で寝こけているように見える。危険な存在にはとても見えない。


「ねえ、マックス。僕達と一緒に行こうよ」

「行く。どこへ?」

「まずは王都かな? そこでマックスの楽器も作ってもらおう」


 マックスよりも先に、キングがテンション高めの声を上げた。


「それサイコーじゃん! なあマックス、うちのメンバーになってよ! ベース担当がほしいんだ」

「ベース。ベースとは基礎の事、地盤の事」

「そうとも言うけど、そうじゃなくて! 俺のギターより低い音が出るギターだ。それを作ってもらって、マックスも一緒に弾こうぜ!」

「ひく? ぎたーとは?」


 キングは「ちょっと待ってろ」とギターケースを開け始めた。


「さっき教えてたのは歌。歌は自分の声が楽器になる。こっちはギターっていって、音を出すための道具だ」

「ぎたーはがっき?」

「そう、わかってるじゃねえか。これがAの音」


 先程はキングの口から発されていた音程。ギブソンのセミアコから同じ音程がシンプルに発される。


「同じ、周波数」

「で、音楽ってのはこういう音を組み合わせて作られたものだ」


 キングは簡単にメロディを奏でてみせた。


「さっき聞いた、お父さんのやさしい声。いっしょ」

「おお! やっぱりカプセルの中でも聞こえてたんだな! で、これに――例えばこういう……」


 今度は明るかった先程のメロディとは違う、動きも音程も鈍く重たいと感じる音。リッチーにも何を意味したものかわからない。ブブ、ブブ、と繰り返されたり、低い音を間延びさせたり。


「それは、知らない。お父さんのやさしい声じゃない」

「主に主旋律を支えるのがベース。基礎ってさっき言ってたけど、まあ音楽の縁の下の力持ちみたいな意味で言えば基礎なのかな。でもベースリフもカッコいいぞ!」


 力強くうなずきき鼻息荒くキングはマックスをちら、と見た。

 すると、マックスはこくり、と首肯した。


「ボク、お父さん、支えたい」

「べ、ベースやってくれるのか……?」

「ボク、ベース、やる」

「おお! やった! ありがとうマックス!」


 マックスは、もう一度こくり、と首を縦にした。

 キングとリッチーはお互い顔を見合わせ、笑い合う。新メンバーの誕生だ。

 

 当のマックスに笑みは無い。その瞳の奥には「お父さん」の姿だけが映されている。




 

 下の階に食堂はある。

 何列か長いテーブルがとそれだけの椅子が置かれてあるが、食事している客はまったくいない。


「貸し切りだー!!! しかも飯美味そう!!!」

「キング、公共の場では声は小さくしようね」


 まるで小さい子のような扱い。だが言葉尻はとげとげしく、飛んでいきそうなキングの手を強めの握力で掴むリッチーだ。


 テーブルに並べられたのは、アーリェクの港で獲れる魚介類である。鍋物、煮込み、カリカリに焼いた香草芳しいグラタン風……ほかにも。

 銅貨五枚も事前連絡なしにふんだくるとは、と苦々しく思っていたが、これには生まれ育ち港町のキングもにっこりである。


 それに、衣服を持たなかったマックスが食堂に入るところで、フクメの母親がちょっと引きながらポンチョと下着を用意してくれた。金は要らないからとにかく着ろ、着てから我家の食堂に入るように、と押し付けられたのだった。リッチーは恐縮しながら頭を下げ続け、キングはマックスの着替えを手伝った。

 

「え!? リッチー肉食えねえのか!?」

「だからっ、声大きい。モルット族は草食の種族なんだよ。お肉は体質的に消化できないの」


 席に着き、食事が並ぶのを待っているとリッチーがしまったという顔をしたのだ。謝ることに徹しすぎて、自分の食傾向について伝えるのを忘れていた。

 キングにとっては初耳の情報。これだけ同行していても、まだ知らない事ばかりである。さすがは異世界。


「マックスは食えない物あるか?」

「ボク、何でも食べる」

「そっかあ、エライなあ」

「僕は好き嫌いじゃなくて、生まれながらの体質だからね! モルット族の!」


 そうえるリッチーの前には、みずみずしい野菜類やブレッドなんかの穀物類が並べられる。口に合えば、と海藻も運ばれてくると、いっそういろどりが豊かになった。きちんと客を見て選ばれた食材で調理してくれていたのだ。これぞプロフェッショナル。


(この世界では俺の演奏で稼いだお金でこーんな飯食えちゃうんだ! すっげえな……もっといろんな場所に行きてえなあ)


 この世界で初めてお金を得たのはバザールでのことだ。もちろんリッチーの協力あってこそだが、キングの感慨はひとしおであった。安宿だとしても三人分の食事と寝床がまかなえたのだ。


(そう思うとやっぱり東京って物価高いよな。よかったー、脱出できて)


 余計なことも考えつつ、三人で美味おいしく夕飯をいただくことにした。


「マ、マックス……!」


 と思いきや、さっそくハプニングである。


「鍋は熱いから手づかみしないで! それ三人分だから一人で……ああーーーーーーーーッ!!??」


 リッチーの制止は間に合わなかった。


「んっく、んっく……くふーっ。熱くない。へーき」

「ぜ、全部、飲み干したのか……?」


 ぐつぐつと煮立っていた熱々ほかほかの鍋……キングがマックスから取り上げて見てみれば、鍋の底が丸見えだった。甲殻類の殻すら残さず、マックスが飲んでしまったらしい。口の中でバリボリとエゲツない咀嚼音が聞こえてくる。


「マぁーックスぅーッッ!!!!!!!」

「お父さん、それは、怒り?」

「怒りだ!!! 怒り怒り怒りッ!!! せっかく美味うまそうだったのに……!」

「僕も、温かい汁だけでももらおうかと……」


 マックスは何故キングが怒っているのか、理解できていないようだった。小首をこて、とかしげ、無垢むくな瞳で「お父さん」を見つめている。

 その「お父さん」ことキングはがっくりと項垂うなだれ、リッチーもテーブルに突っ伏す。その光景は株の大暴落か、はたまた世界の終焉しゅうえんか。


「お父さん、それは、がっかり?」

「うん……すっげえがっかりしてる……」

「お父さん、泣いてる?」

「泣いてない……」


 泣いてないと口にはしているが、背中が物語っている。

 日本人は、特に食べ物の恨みが深いのである……。

 

「――マックス! お前の食事は先に取り分けることにする! それがお前の食事だ!」

「お父さん、取り分ける。ありがとう?」

「そうだ、感謝しろ! あんな情緒無く食べてはダメだ! 海の幸に感謝して食え!」

「わかった」

「よし!」


 これが食育か。


 本当に小さな子供を持った「お父さん」になってしまった気分であった。

 リッチーは自分達の旅の先を思いやられながら、しょもしょも……と葉物のサラダを頬張った。

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